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表紙

手を伸ばせば その250


 フランシスがスパイから詳しい話を聞き出していた、その同じ時間に、ロッシュ宅では客たちが帰り支度を済ませ、別れの挨拶をしていた。
 デナム公爵夫妻は、前日の夕刻に大佐と細君に礼を述べて、市内の高級ホテルに移った。 ジュリアは珍しくご機嫌で、やがて公爵邸で行なう披露宴の舞踏会に二人を招待したいと、しつっこいほど言い張った。
 そして今、公爵たちは馬車で末娘と娘婿を迎えに来ている。 すっかり行動を仕切られているので、ジリアンは心穏やかではなかった。
 パーシーは落ち着いて、元の上官に感謝していた。
「面倒なことをお願いして申し訳ありませんでした。 何としても妻の身を護りたかったものですから」
「マークがわたしを頼ってくれてよかったよ」
 中佐はこともなげに答えた。
「彼は将来を嘱望されている。 この間襲われたときは、大事な人材を失ったかとひやひやした。 実際、あまり優秀なので嫉妬して、足を引っ張る輩もいるのでね」
 そこでロッシュは気づいて、具合悪そうに咳払いした。
「おっと、君は名家の侯爵を継いだんだったね。 こんな口調で話してはいけないんでした。 どうもわたしは無骨で」
「いえ、爵位は授かり物で、実力ではありません。 僕はまだ、教えていただく立場です」
 パーシーは執事に渡された帽子を抱え、中佐と固く握手を交わした。


 ジリアンは、くったくなく優しいアナベラ夫人と抱き合って別れを惜しんだ。
「本当にお世話になりました。 母はパーシーに相談もしないで披露宴を催すつもりらしいですが、予定が立ったらぜひロンドンへ来てくださいね」
「ええ、喜んで伺いますとも」
 そう応じて、夫人は茶目っ気のある笑顔になった。
「私はダンスが大好きだけど、主人はとっても苦手なの。 きっと何百人もお客様が集まるでしょうから、殿方の一人や二人ぐらいは、私を誘ってくださるわよね?」
「まあ、一人二人だなんて。 ご主人が焦るほど申し込まれますよ」
 これはお世辞ではなく、本心だった。 アナベラは美人なだけでなく、社交に必要な明るさと華やぎを備えていて、ちょっと着飾れば男性が群がってきそうだった。
 とたんにロッシュが横から顔を突き出して、話に割り込んだ。
「それはまずい。 すぐ疲れるダンス靴を買わなくちゃ」


 こうして、なごやかな笑いの内にジリアン達は中佐夫妻に見送られてロッシュ邸を後にした。
 広々とした馬車の中では、血のつながらないジェイコブ(デナム公爵)とパーシーのほうが、話が弾んだ。
「君がデントン・ブレアの家系だと言われてみると、確かに骨格や歩き方に特徴が出ている。 そして顔は、明らかに母上似だな」
「ラムズデイルの母も、僕によく似ていました。 だから、何人もいる預かりっ子の中から、僕を選んだんでしょうけど」
 パーシーの声は、しんみりしていた。










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