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表紙

手を伸ばせば その249


 キャロラインがロンドンのデントン・ブレア邸に戻ってきたのは、その日の夕刻だった。
 できるだけ早い列車を捕まえて、一目散に帰ってきたらしい。 屋敷に潜入させた従僕二人のうちの一人が、彼女の帰還を窓から見つけて、一目散にフランシスの元へ知らせに走った。


 フランシスは、メルというその従僕の機転を褒め、ソブリン金貨を渡した。
「それで、ジェラルドは母親の留守中どんな風だった?」
「とても苛〔いら〕ついていました」
 嬉しそうに金貨を胸ポケットにしまいながら、メルは報告した。
「執事のロスを怒鳴りつけ、シャツの袖に皺があったといって、洗濯女をクビにしました」
「相変わらず弱い者いじめだな」
 フランシスは顔をしかめ、マントルピースの棚を指で叩いた。


 メルが仕事場にこっそり戻って三時間後、フランシスがそろそろ夕食にしようと階段を下りてくると、もう一人のスパイのアルフが、丁度廊下の奥から玄関ホールへやってくるのに出会った。
 アルフは、フランシスを見つけたとたん、顔をかくすように被っていた縁の深い帽子を取り、息を切らせながら言った。
「遅くにすいません。 あの連中が紫の間でこそこそ話しているのを、立ち聞きしたもんで、早くお知らせしないとと思って」
 この忠実ぶりは、メルが気前よく貰った金貨が大いに関係していそうだが、フランシスは喜んだ。 情報は新鮮なほうがいいに決まっている。
「わかった。 書斎で聞こう」


 アルフによると、二人は立ったまま、低い声で話していて、途切れ途切れにしか聞き取れなかったという。
 それでも、時々気持ちが高ぶって、大声になったらしい。
「若旦那のほうは、最初腰を抜かしそうになりましたよ。 あのパーシーが? とデカい声でわめいてました」
 フランシスは、皮肉な微笑を抑えられなかった。 商人の次男坊なんか相手にする資格もない、と、ジェラルドは常々パーシーを軽蔑していたのだ。
「奥方のほうは、意外と落ち着いてました。 うろたえるんじゃない、まだ間に合う、と息子を叱りつけてましたよ」


 まだ間に合う……?
 フランシスの表情が、不意に硬くなった。
 侯爵となるために、母子はこれまで何人も殺している。 最大の邪魔者となったパーシーをこのままにしておくとは、到底思えなかった。










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