表紙目次文頭前頁次頁
表紙

手を伸ばせば その245


 室内の空気が、凍りついたようになった。
 公爵が髭に触れ、硬い声で呟いた。
「あの花のようなミランダが……」
「証拠はありません」
 ジョックが低く答えた。
「でも、あの時期、キャロライン夫人はダーンリー・コートにいたはずです。 親戚の不幸を慰めに行ったんで」
「キャロラインが屋敷にいるときにミランダ夫人に何か起きたら、疑われる可能性があるだろう?」
「あの女はずぶといし、チャンスを掴む度胸もあるんですよ」
 ジョックは、吐き捨てるような口調になった。
「オレはあの時、もう襲われないように身を隠さなきゃならなかったんです。
 それで、幼なじみが働いてるイプスウィッチへ行くことにしたんですが、途中でダーンリーコートへ寄って、こっそり紙切れを投げ込んだんですよ。 傷の看護をしてくれた従姉妹のスーに代筆してもらったやつを。
 赤ん坊は他所に貰われて生きています、望みを捨てないでくださいって書いてもらったんです」
 そこでジョックは、声を震わせた。
「無駄に悲しませたくなかった。 いくらかでも安心してほしかっただけなんです。
 でも後で聞いたら、若奥さんは夢を見るようになったらしいです。 坊ちゃんが立派な家の揺り篭に寝かされてるところを。
 それがどうも正夢だったみたいで。 母親ってのは、凄い力を出せるもんですね」


 ジリアンは、胸を一杯にして、パーシーの腕に巻いた手に力を込めた。
 投げ込まれた手紙で、ミランダ夫人は希望を取り戻した。 そして懸命に息子と気持ちを通わせようとして、成功した。
 もう片方の手を、ジリアンはそっとお腹に置いた。 今の私にはわかる。 この子が生まれた後に消えたら、私だって全身全霊で探すだろう。 そう思うと、心臓が痛いほど動悸を打った。


「万一探し出されたら、計画がぶち壊しになる。 それでキャロライン夫人がレディ・ミランダを池に突き落とした。 君はそう思っているんだな?」
 ロッシュの問いを、ジョックは悲しそうに認めた。
「そうです。 オレが余計なことをしなければ……」
「君のせいじゃない」
 きっぱりと遮ったのは、パーシーだった。 彼は怖いほど決然とした表情になっていた。
「これまでは悪人にツキがあった。 それだけだ。 でも結局、やつらは負けた」


 張りつめて暗くなった空気を救ったのは、ロッシュ夫人だった。 みんなが座れる食事室へ移って、お茶でも飲みましょうと提案し、人々はホッとして従った。
 まず公爵とジュリア夫人が客間を後にした。 ジョックは台所でコックから軽い食事をもらえることになり、嬉しそうに廊下へ出た。
 中佐夫妻は、ジリアン達に声をかけず、わざと残して静かにドアを閉めた。











表紙 目次前頁次頁
背景:kigen
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送