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表紙

手を伸ばせば その244


 初めてジョックの生気が少し失せた。
 彼は、手にしていた鳥打帽の短い縁を揉むようにして、視線を落とした。
「俺の考えが甘かったんです。 赤ん坊は乳母のミリーと一緒にさらわれてたもんで、彼女の身も守らなくちゃならなくて」
「そっちはうまく行ったのか?」
「はい」
 ジョックはようやく顔を上げた。
「教会に二日ほど預かってもらいました。 そしたら、牧師ん家の家政婦にすっかり気に入られて、その人が娘のお産の手伝いに行く間、家事を任されたんです。
 で、半月牧師館にタダで泊まれたってわけで」
「向こうもただで家政婦代理を雇えたわけだ」
「まあ、そういうことです」
 ニヤッと笑って、ジョックは後を続けた。
「その時分には、身代金受け取りがパーになって、村の警戒がゆるんでました。 それで、俺が変装して、ミリーの亭主の鍛冶屋に仕事を頼んで連れ出し、二人をこっそり会わせてやったんです。
 亭主のジムは、女房が生きてたんで大喜びでした。 べたべたに抱き合ってましたよ。
 でも、肝心の赤ん坊がいないんじゃ、無実を証明できない。 だから店を閉じて、息子と三人で他所へ行くことに決めました」
 フッと息を吐くと、ジョックは話を締めくくった。
「どっちみち、村を出るつもりだったと言ってました。 恋女房をオレに取られたと思い、村中から哀れまれるのがどうにも我慢できなかったんですと」
「なるほど」
 大佐は笑顔になって、コホンと咳をした。
「乳母のほうは、うまく逃がしてやったんだな」
「まあ何とか。 こっちは必死で赤ん坊の行方を探してる最中でしたがね」
 再びジョックは渋い顔に戻った。
「そのせいで、あのクソ……キャロライン奥様の屋敷を何度か抜け出してました。
 後ろ暗い人間は勘が鋭いもんです。 誰かにオレを尾けさせたんでしょう。 それで、ばれちまったんです。
 赤ん坊を買った女が、海岸行きの汽車に乗ったらしいとわかって、クロイドンの駅に行ったところ、その途中で襲われたんで」
 ジョックの節くれだった手が、顔に刻まれた長い傷に触れた。
「これがそのときの名残〔なご〕りです。 相手が一人なら叩きのめしてやったんだが、二人がかりで来やがって。
 肩と腕を折られ、腹を刺されて、三週間ベッドから動けなくなりました」


 パーシーが体を動かした。
 やがて発した声には、感動の響きがあった。
「殺されかけたんだね。 僕を助けてくれたために」
 ジョックはやや眩しげに、大きく成長した若者を眺めた。
「半端なやり口でしたがね。 もっとうまくやってりゃ、若旦那の母上が殺されることはなかったかもしれないと思うと、辛いです」











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