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手を伸ばせば その243


 ジュリアがゆっくりハンカチを畳み、襟元のレースを整え直しながら、さらっと訊いた。
「それで、あなたたちはスコットランドとはいえ、正式に結婚したのよね?」
 たちまちキャロライン夫人が振り返った。 目から怒りの炎を吹き上げんばかりだ。 親友と思っていた相手が寝返ったことを知って、彼女は激昂していた。
「ジュリア! それにジェイコブ! あなた達は、娘の結婚は絶対に認めない、無効にしてやる、と、あんなに自信満々で言っていたじゃないの!」
 ジュリアは落ち着き払った顔で、友を平然と眺めた。
「それは、相手が取るに足りない身分だったからよ。 でも、由緒正しい華やかな歴史のあるハバストン侯爵となれば、反対する理由はどこにもないわ。 そうでしょう、キャロ?」
 石のように体を強ばらせたキャロラインから、ジリアンは思わず目をそらした。


 キャロラインは、ゆっくり視線をパーシーに戻した。 不気味なかすれのある声が呟いた。
「あなたのことは、知っているわよ。 成り上がりの商人の、身のほど知らずな次男坊。 パーシー・ラムズデイル……!」
「そうですよ」
 パーシーは、不思議なほど穏やかに答えた。
「その名前で育ちました。 本物のパーシーは、乳母がこっそり恋人と会っている間に、吐いたものを喉に詰まらせて死んだんだそうです」
「ふん」
 キャロラインは鼻であしらった。
「その女に金を払って、ウソ八百を言わせたんでしょう?」
「そんなことはしません。 あなたじゃあるまいし」
 辛辣に言い返されて、キャロラインは両拳を握りしめた。
「無礼な! いい気にならないことね。 あなたなんか真っ赤な偽者だと証明してやる。 これまでと同じよ。 叩きつぶしてやるわ!」
 キャロラインはそう言い捨てると同時に、身をひるがえして部屋を出て行った。


 やがて馬のいななきが聞こえ、ガラガラと馬車が遠ざかっていった。 ロッシュ大佐が窓から覗くと、公爵夫妻の乗ってきた車はそのままだったので、キャロラインは不本意ながら辻馬車を呼んで帰っていったらしかった。
 大佐は小さく肩をすくめ、部屋の中央に戻った。 パーシーとジリアンは、相変わらず立ったまま寄り添っており、デナム公爵は妻の背後に戻って、彼女の両肩に手を置いていた。
 ぎこちない雰囲気の中、誰も口を開かない。 大佐は、目立たぬよう隅に引っ込んでいるジョックを思い出し、手招きした。
「君、マクタヴィッシュといったね?」
「はい、旦那」
 ジョックは進み出てきながら、きびきびと答えた。
「さっき君は、赤ん坊を助けたと言ったが、それがなぜ別の家で育てられることになったか、話してほしい」
 パーシーに目をやって、大佐は付け加えた。
「もし、レオ・デントン・ブレア君に差し支えなければ」











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