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表紙

手を伸ばせば その242


 少しためらった後、デナム公爵は気の進まない様子で受け取り、中を開いて目を通した。
 キャロライン夫人は立ったまま、ジュリア夫人は腰を下ろして繊細なレースのハンカチをくしゃくしゃにしながら、肩越しに振り向いて見守った。
 手紙を丹念に読み終わってから、公爵は顔を上げた。 額に皺を寄せ、決めかねた表情をしている。 やがて、指で軽く紙を叩きながら、彼は尋ねた。
「これが亡きミランダ夫人の自筆だという証拠は?」
 この問いを予想していたらしく、パーシーはすぐに、懐から手紙の束を取り出した。
「比べてみてください。 母の形見にと、受け取った人が僕にくれました」
 その束をパラパラとめくってみて、公爵はしぶしぶ頷いた。
「サイン入りだ。 確かに同じ筆跡だな」
 男二人の目が、まともに合った。 視線を逸らさずに、公爵がうながした。
「それなら、証明してみたまえ」
「はい」
 失礼、と女性たちに前置きしてから、パーシーはジョックの手を借りて左足のブーツを脱ぎ、靴下を下ろした。 なんだろう、といぶかりつつ、人々は一斉に身を乗り出して、筋肉質の足を覗き込んだ。
 ジリアンも、すぐ下にあるパーシーの足を眺め下ろした。 彼の全身を見たことがある、だけでなく幾度も触れていたが、足先まで細かく観察したことはなかった。 それで、初めて気づいて、無意識に声が出た。
「あら、小指の爪が……!」
「ないんだ」
 パーシーは静かに答えた。
「右はあるが、左は最初から生えてなかった」
「そんなのは何の証拠にも……」
 高い声を上げたキャロライン夫人を、公爵が遮った。
「いや、なる。 非常に珍しい特徴だ。 見てごらんなさい。 皮膚がなめらかで、細工した跡はまったくない」
 それまで無言だったジュリアが、ふと言った。 改めて驚いたような、奇妙な声音だった。
「レオ本人だとしたら、あなたがハバストン侯爵ということになるのね」
「いいえ、いいえ!」
 キャロライン夫人が、食いしばった歯の間から押し出すように叫んだ。
「認めません、絶対に! 爵位はジェラルドのものよ。 こんな、どこの馬の骨かわからない詐欺師なんか!」
「でも、ここに詳しく書いてありますよ」
 咳払いして、デナム公爵が先に渡された手紙を読み始めた。
「起きているときは、笑っても泣いても可愛くてたまらないし、寝ているときは更に愛しくて、いつまでも見つめてしまいます。
 特に、くびれのついた手や足を眺めていると、こんなに小さいのに砂粒のような爪まできちんと揃っているのが、奇跡のように思えます。
 そうそう、一箇所だけ揃っていませんでした。 左足の小指に爪が見当たらないのです。 真珠の粒のようなピンク色の指で、それはそれで可愛いのですが。 成長するにつれて生えてくるでしょうか? 初めての子なので、わからなくて」











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