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手を伸ばせば その241


 とたんに、カラカラという嘲けり笑いが起こった。
 幾分かすれてはいたが、勝ち誇って悪意に満ちた声だった。
 次いで、まだ笑顔を残しながら、キャロライン夫人が身をねじるようにして立ち上がると、細く長い人差し指をパーシーにぴたりと向けた。
「その手は通用しないわ。 バカな子ね。
 どこで調べたのか知らないけれど、レオ(ライオネルの愛称)と名乗って現われた少年は、これまで十人以上いるのよ。 ことごとく偽物だった。 簡単に証明できるから。
 すぐ止めないと、あなたも詐欺師として警察に突き出すわよ!」
 パーシーはジリアンを抱きかかえたまま、ゆっくり首を回し、落ち着いた眼差しでキャロライン夫人の燃える視線を受け止めた。
「僕のほうも簡単に証明できる。 ジョック、入ってきてくれ」
 その呼びかけに応じて扉が開き、ジョック・マクタヴィッシュが姿を見せた。
 キャロライン夫人は表情を変えなかった。 だが、立ち上がったとき支えにした椅子の肘掛を握る指に力が入り、みるみる白く変わった。
 ジョックはパーシーの斜め後方に立つと、すがめた目で夫人をじろじろと眺めた。
「これは奥様、久しぶりですね。 死人が次々と生き返ってきて、さぞかし驚いておられるんでしょうね」
 相当な努力で、夫人は平静を保っていた。
「もしかして、ジョック・マクタヴィッシュ? 不意に姿を消したから、気にしていたのよ」
「へえ、奥様が? 召使のことなんか犬ぐらいにしか思ってなかったでしょうが」
 ジョックの辛辣〔しんらつ〕な言葉に、夫人はむっとした様子を見せた。
「何をいうの。 ちゃんと名前を覚えていたじゃないの」
「それには別の訳があったってことで」
 途中で口をつぐむと、ジョックは妻の椅子の背後で黙然としているデナム公爵に向き直った。
「閣下、おそれいりますが、この金髪の坊ちゃんは、確かにレオ・デントン・ブレア様です。 十八年前にダーンリー・コートから引っさらわれて、行方知れずになった跡継ぎの赤ん坊でさ」


 たちまち、問い詰める声が重なった。 レオ坊や誘拐は、貴族社会では有名な事件で、キャロラインとジョックがやりあっているうちに、公爵夫妻もまざまざと思い出したのだ。
「あの子は確か死んだはずよ!」
「なんで君が、他家の赤ん坊のことを知っているんだ?」
 ジョックは真面目な表情で、夫妻の顔を交互に見た。
「赤ちゃんは死んじゃいません。 この俺がボロ屋敷から救い出し、懐に入れてロンドンへ連れていったんだから」
 そう言いつつ、ジョックはポケットからきちんと畳んだ紙を取り出して、公爵に歩み寄ると手渡した。
「これを読んでくださればわかります。 赤ん坊のお母さんが親戚にあてて書いた手紙です」











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