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手を伸ばせば その239


 二人はそのまま、連れ立って部屋を出て、階段を下りた。
 ジリアンは、とっくに覚悟を決めていて、むしろ晴れやかな顔で客間に入っていった。 部屋の中では、ジュリアとキャロラインが椅子に座り、ロッシュ大佐とデナム公爵が窓際に立っていたが、扉が開いて二人の女性が姿を現わすのを見て、一斉に顔を上げた。
 無事で元気そうな娘を目にしたとたん、公爵の口元がほころんだ。 ほんの一瞬で、すぐに引き締められたが。
 片や母親のジュリア夫人は、顎を高く上げて下目遣いになり、思い切り冷たい第一声を放った。
「恥知らず。 すぐその指輪を外しなさい!」


 この侮辱は、かえってジリアンの勇気を煽る結果になった。
 母に負けずに首をまっすぐもたげると、ジリアンは堂々と答えた。
「これは正式な結婚の証です。 外す理由がありません」
 いつも青白いジュリアの顔が、珍しく真っ赤に染まった。 なりふり構わぬほど怒っているらしい。 そんな友達の様子を見て、キャロラインが素早く口を挟んだ。
「落ち着いて、ジュリア。 私たちにも若い頃はあったでしょう?」
 そうなだめておいてから、つつましやかな笑みを浮かべて、キャロラインは入り口近くに立ったままのジリアンに向き直った。
「こちらに来て、かけてちょうだい。 今後のことを、両家で相談しましょう」
 ジリアンは動かず、キャロラインに負けない淑やかな口調で返事をした。
「もう私はクロフォード家を出た身です。 夫はデントン・ブレア一族ですので、キャロラインおばさまとは縁続きになりましたけど」


 カタッという音が、しんとした客室に響いた。 ジュリアが、手にしていたレティキュールを床に落とした音だった。
 驚きに歪んだ母の顔を、ジリアンはまっすぐ見返した。 ジュリアは小さく首を振り、しゃがれた声を絞り出した。
「フォード夫人と名乗っているじゃないの……!」
 ロッシュ中佐が小さく咳払いをした後、説明を入れた。
「それは、ご夫君に身の危険があったので、奥様も保護するために偽名を使ってもらったのです」
「ご夫君なんて言わせないわ!」
 ジュリアは斜め後ろにいる中佐を睨み、喉を震わせた。
「こんな結婚は成立しません! 未成年の娘を誘拐して、無理やり妻にしたんですから! 必ず無効にしてみせます!」
「それはお止めになったほうが」
 ロッシュ中佐はあくまでも落ち着いていた。
「ジリアンさんは自由意志で彼を選びました。 結婚は法律的にも実質的にも完遂していて、秋にはお子さんが生まれる予定です」


 赤かったジュリアの顔が、みるみる青ざめた。
 反対に、それまで冷静だったキャロラインの頬に赤みが差した。 柔らかく見開かれていた青い眼が細まり、俄然冷たい光を放って、ジリアンの心に銛〔もり〕のように食い込んだ。
「まあ嫌だ。 なんてふしだらなんでしょう」
 小さな声だったが、まぎれようのない軽蔑と憎しみが篭もっていた。












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