表紙目次文頭前頁次頁
表紙

手を伸ばせば その237


 ポーカーフェイスでは、判事は中佐に叶わなかった。 できるだけ感情を表さないように努力したらしいが、目に小さな角が立ち、頬がいくらか強ばるのが見て取れた。
 顎を高く上げると、判事は反撃に出た。
「会って挨拶するぐらいはかまわないだろう? 本人でないなら、どうということはないんだから」
「いや、あるさ。 彼女の夫は任務中に負傷した。 襲われた可能性もある。 だから緊急に夫人を保護したんだ。 不要不急の面会は必要ない」
 それを聞いて、判事は色をなした。
「子供の使いじゃあるまいし、確かめないで空手で戻ってきたとは言えない」
「悪いが」
 中佐は、きっぱりと話を打ち切った。
「彼女には構わないでくれ。 長旅で疲れているし、知らない人に会うような気持ちの余裕はないはずだ」


 レイシャム判事は、ぷりぷりしながら帰っていった。
 中佐は、彼を送り出した後、手を打ち合わせ、しばらく黙考してから、階段を早足で上がった。
 ドアをノックされて、ジリアンはすぐ立ち上がって開けに行った。 中佐は中には入らず、隙間から顔だけ入れて、小声で伝えた。
「あなたを探りに来ましたよ。 思ったより早い」
 ジリアンは、胸が固い板に変わったような気がした。
「そうですか……」
「つれなく追い返してやりました。 これで、彼をあやつった本命が、直接に出てくるかもしれませんな」
「ジェラルドが現われるでしょうか?」
「どうですかね。 顎の骨折は何とか直ったらしいですが、見るからに痩せて体力がなくなっているそうで」
「それが不思議なんです」
 ジリアンは呟いた。
「彼は確かに気絶したけれど、骨が折れるような怪我はしていなかったはず。 まして、顎が砕けるなんて」
 殴ったのは頭だもの、と、ジリアンは首をかしげた。
 中佐はあいまいな微笑を浮かべ、話を締めくくった。
「ともかく、 誰が乗り込んでくるにしても、心の準備はしておいてください。 我々も出来る限り護りますから」
「感謝いたします」
 そう明るく答えながらも、ジリアンは一抹の不安を抑えきれなかった。 デントン・ブレア一族の内紛は、海軍まで巻き込んで広がっている。 いくら影の勢力があるとはいえ、ナサニエルは分家で、それに対してジェラルドは本家の総帥だ。 英国有数の財産を盾に、あらゆる手で『婚約者』を奪い返しにかかってきたら……。
 しかもジェラルドには、ジリアン自身の母まで味方についている。 なんとも歯がゆく、悔しかった。




 第二陣の『敵』が馬車を走らせてきたのは、その日の夕方だった。
 白く汗を吹いて荒い息を吐く馬を、御者が飛び降りてなだめている間に、お付きが馬車の扉を開けて、乗っている人々を助け下ろした。
 窓のカーテンの隙間から見守っていたジリアンには、乗客が馬車の外に出てくる前に誰だかわかった。 懐かしいがっしりした造りの馬車を見れば一目瞭然だ。
 こんな時でも、父親のデナム公爵は悠々せまらず、堂々とした足取りで地面に足をつけた。
 一方、母のレディ・ジュリアはせかせかとタラップを下り、険しい表情で大佐の館を左右に眺め回した。













表紙 目次前頁次頁
背景:kigen
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送