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その234
早い時間に寝室へ引き取ったのだが、ランプの灯を頼りに手紙の文面を練っているうちに、時は刻々と過ぎていき、夜が深まった。
かすかな物音を耳にして、ジリアンはペンを持つ手を止め、顔を上げた。
音は、窓の外から聞こえてきたようだった。 ジリアンが暗がりに目をこらすと、何かが横に動いて、きらりと光った。
瞬間的に、ジリアンはその正体を悟った。 眼だ。 闇の中で黒っぽい服装をし、黒覆面で顔をすっぽり覆っているらしい曲者〔くせもの〕が、ただ一つ顕〔あら〕わにしている体の部分だった。
ジリアンは、まったく声を立てなかった。
叫ぶ代わりに、闇を見つめながらデスクの引き出しをそっと引いて、手探りで中に入っている装填済みのピストルを掴んだ。
彼女がサッと短銃を構えると同時に、暗闇の中できらめいていた反射光が流れ、消えうせた。
銃の引き金に手をかけたまま、ジリアンは立ち上がって窓辺に急いだ。 銃を持たないほうの手にランプを下げて。
その窓には鎧戸〔よろいど〕はなく、分厚いカーテンがついていた。 手紙を書き始めたとき、ジリアンはマークの容態のことばかり考えていて、そのカーテンが完全に閉じていないのに気づかなかった。
窓の外には、小さなバルコニーが張り出している。 窓の内側からくまなく照らしてみたが、もう人影はどこにもなかった。
ジリアンはカーテンを閉め切り、デスクにランプを戻してから、暖炉に身を寄せた。
今ごろになって、足元がおぼつかなくなった。 えたいの知れないものに対する原始の恐怖が襲ってくる。 部屋は充分暖かいのに、寒気がした。
改めて時計を見ると、夜半近くの十一時五十四分だった。 こんな時間に部屋を覗かれたと騒いで、何も知らないアナベラ夫人を怯えさせたくない。
でも、独りでこの寝室にいるのも怖かった。 ベランダに出られるようガラスの掃き出し窓になっているから、外からも簡単に侵入できる。
少し考えて、一階の図書室に行くことにした。 中佐が家の中を案内してくれたとき、貴重な文献のある図書室には頑丈な鎧戸をつけたと話していたのを思い出したからだ。
夜着の上にガウンとショールを重ねて、書きかけの手紙とランプを持参で、ジリアンはそっと階段を下りた。 廊下には管を細くしたガス灯が燃えていて、迷う心配はなかった。
しかし、図書室の扉を開くと、先客がいた。 屋敷の主が、まだ晩餐のときに着た正装のままで、難しい顔をしながら、テーブルに並べた猟銃の点検をしていた。
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