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手を伸ばせば その230


 間もなく、一つの計画が次第に形を取ってきた。 相当危険だが、今のまま逃げて追い詰められるよりはいいはずだ。
 肩を震わせて泣きじゃくっているミリーに、ジョックはできるだけ力強く語りかけた。
「まだ手はある。 あんたはここの生まれかい?」
 鼻をすすりながら、ミリーは小さく答えた。
「隣のセント・ドーカス村からお嫁に来たの」
「でも、道筋には詳しいんだろう? こんな近道を知ってるぐらいだから」
 ミリーの態度が、いくらか元気づいた。
「ええ。 私は薬草の見分けができるの。 よく森や川べりを歩いて採って、売ったりしてるから、三マイル四方ならどこでもわかる」
「よし! じゃ夜のうちに、ここからできるだけ離れよう。 まだ歩けるか?」
 ミリーは驚いたようだった。
「決まってるわ。 ここらじゃ皆、一日中立って働いてるようなもんなのよ」
「そりゃ頼もしい。 尻に帆かけて、とっととずらかるとしようぜ」


 二人は、誰にも見られない木陰や土手の窪み、石垣の裏などをせっせと歩き、ミリーの生まれ故郷と反対の方向に進んだ。
 ニ時間ほど経つと、ミリーの見たことのない丘の景色が、目の前に開けた。 二人は既に、サンダース邸近くの林から五マイル以上遠ざかっているはずだった。
 傍にあるのは羊の柵だけで、人家は見えなかった。 きっと丘の裏手にあるのだろう。 二人は、柵をまたぎ越えるための段に腰を下ろし、少し休むことにした。
 赤ん坊は、信じられないほどおとなしかった。 道中、ミリーの疲れを考えて、ジョックは何度か交代で赤ん坊を抱いてやったが、たいていはぐっすり寝ていて、たまにパッチリ目を開いても、ほとんど声を発しなかった。
 小休止を利用して乳をやっているミリーから、ジョックは礼儀正しく視線を逸らし、雲の切れ目からところどころ瞬いている小さな星を眺めた。
「そいつ、ほんとにおとなしいな。 声が出ないんじゃないか?」
 ミリーは低く笑い、旺盛な食欲で飲んでいる赤ん坊に頬ずりした。
「丈夫で肝が据わってるのよ。 こんなに落ち着いてる赤ちゃんは見たことがないわ。 育てやすいし、笑うとかわいいし、大好きよ」
「それじゃ、この辺の農家に捨てていくってわけにはいかないな」
 ジョックは半ば冗談で言ったのだが、たちまちミリーは眉を逆立てた。
「とんでもない! こんな寒空に置き去りにするなんて!」
「わかってるよ。 やりゃしないって」
 それなら、どこかへひとまず預けなければならない。 もうミリーと一緒にしておくわけにはいかないのだ。
 やっぱり、勝手知ったロンドンへ戻るか。
 ジョックは最終的に、考えを決めた。
「なあ、ミリー。 一芝居打てるか?」
 ミリーは授乳を終え、赤ん坊にゲップさせて服を直していたが、意外な問いにびっくりして、顔を上げた。









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