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手を伸ばせば その229


 二人が林に入り、くねくねした小道をたどっていると、行く手の方角から男の話し声が近づいてきた。
 ミリーは警戒して、すぐ立ち止まった。
「こんなに暗くなってから、ふだん人の通らない林に入ってくるなんて。 追いはぎか浮浪者だわ、きっと」
 ここまで来て、騒ぎに巻き込まれては元も子もない。 ジョックは素早く周囲を見渡し、潅木の茂みを見つけて、ミリーと隠れた。


 やがて、二人の男が道を曲がってやって来た。 一人は長いコートをなびかせていて、もう一人は古びた上着のポケットに片手を入れ、もう片方の手で大きく燃える松明を握っていた。
「さっき後ろで聞こえたのは、ほんとに女の悲鳴じゃなかったか?」
「だから違うって言っただろう。 あれはフクロウに襲われた野ネズミのわめき声だ」
「畜生。 あのクソいまいましいミリー・パターソンなら、二百ポンド貰えるのによ」
「ああ、生死にかかわらずってな。 とっくに赤ん坊は始末しちまったかもしれねえが、もし子供も連れ帰れば、五百ポンドだぜ!」
「十年は遊んで暮らせるな。 いや、十五年か」
「その前に飲みすぎであの世行きだろうが」
 野卑な笑い声を響かせて、二人はゆっくり通っていった。 松明をあちこちに向けているところを見ると、誘拐犯と思われているミリーを、賞金目当てで探しているらしかった。


 隠れているミリーとジョックは、じっと息を殺していた。 赤ん坊が目を覚まして泣き出しませんように、と、ジョックは必死で神に祈った。 おそらくミリーも同じ気持ちだっただろう。
 二人組のうち、コートの男は太い枝を持っていて、慣れた手つきで回したり、道端の木の幹を叩いたりしていた。 彼らに発見されたら、ジョック一人ではミリーを庇いきれない。


 幸い、二人の探し方はおざなりで、賑やかにしゃべりながら野原へと抜けていった。 ミリーが寒い林や吹きさらしの荒野に四日間も隠れているとは思っていないが、賞金に目がくらんで、念のため見に来ただけのようだった。
 二人の立てる騒音が完全に消えると、ミリーは崩れるように地面にへたりこんで、泣き出した。
「どうしよう。 もうお終いだわ。 あんなに高い賞金が、私の首にかかってる」
 ジョックも胃の辺りがおかしくなり、寒いのに首周りに冷や汗がにじんだ。
 早くに警察制度が成立したロンドンならともかく、地方では領主が法律みたいなものだ。 ダーンリー・コートのサー・タイラーは息子の誘拐で逆上していて、怒りに任せてミリーを抹殺しようとしていた。
 すすり上げながら、ミリーは切れ切れに呟いた。
「村に帰れない……。 ジムもきっと怒ってるわ」
「ミリー、諦めるな! ダーンリー・コートにこの子を連れていって、本当のことを話せば……」
「誰が信じる? 証拠はないのよ! サンダースさんがおとなしく白状すると思う?」
 おまけに、ミリーと一緒にいるのが、駆け落ちを噂されたこの俺じゃなあ──ジョックはすぐに、絶体絶命の危機に追い込まれたのを悟った。


 もう、夜だからといって油断はできない。 さっきの二人組のように、金が欲しくて探し回っている連中が、あちこちにうようよいるだろう。
 ジョックは、目を閉じて心を落ち着け、死に物狂いで逃げ道を考えた。









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