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表紙

手を伸ばせば その227


 朽ちかけた屋敷には満足なカーテンがなく、窓のガラスさえところどころ割れていた。
 冬の風が容赦なく吹き込む廊下を、光は動いていき、玄関から最も遠い東の端に至って、すっと消えた。
 ああ、この部屋に入ったんだな、と悟ったジョックは、建物を回りこみ、目当ての部屋の窓に近づいて、耳をすませた。 そこに何かがあるとは限らない。 単に、落ちぶれた主人が使っている部屋かもしれないのだ。


 しかし、ジョックは運がよかった。 窓がほんのり明るくなって少しすると、サンダースらしい男の声が、なだめるように誰かに話しかけるのが聞こえてきた。
「そんな目で睨むなよ。 食事を持ってやったんだから。 ほら、うまそうなパイだ。 こっちにはエールと、奮発してジンもつけてやったぞ」
「ねえ旦那さん、こんなこと止めてくださいな」
 そう頼んだのは、確かに女の声だった。 ジョックは緊張して、窓枠ぎりぎりまで耳を近づけた。
「旦那さんはいい方です。 女子供をさらうなんて、できる人じゃありません。 そうでしょう?」
 重い吐息が聞こえ、ドシンと腰かけたのか、椅子がきしむ音がした。
「やりたくてやってるわけじゃない。 でもな、ミリー。 人間せっぱ詰まると、とんでもないことをしてしまうんだよ」
「まだ間に合います。 今のうちなら。 私たちをこっそり森の奥に置いてってくれれば、道に迷ったと言って出ていけます」
 男は少し考えた後、湿った声になった。
「いや、警察に厳しく調べられれば、お前は俺の名前をしゃべってしまうだろう。 それに世間では、お前が子供をさらったことになってる」
「何ですって?!」
 ミリーがけたたましく叫んだので、相手は慌てて口を手でふさいだらしかった。
「シーッ、黙らないと、また猿轡〔さるぐつわ〕をかますぞ」
「こんなところ、誰も来やしません」
 やけっぱちで、ミリーは言い返した。
「お願いですから家へ帰らせて! うちのウィル坊やが心配だし、連れ合いのジムも必死で探してるだろうし。 それにこの坊ちゃまだって、寒い部屋で風邪でも引いたら、旦那さん一生寝覚めが悪いですよ」
「とても元気で、いつもすやすや寝てるじゃないか。 俺よりよっぽど健康そうだ」
 サンダースがぶつぶつ言うのを聞いて、ジョックはひとまず胸を撫でおろした。
 この屋敷の主は、悪党じゃない。 キャロライン夫人からどんな指示を受けているか知らないが、さらった二人を四日間も養っているのだから、今すぐ殺すようなことはないだろう。








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