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表紙

手を伸ばせば その226


 キャロライン夫人は、気位の高い女だ。 ダーンリー・コートの使用人や、村の下々の住民と仲良くするとは、とても思えない。
 彼女が信用し、誘拐という大罪を頼めるほどの相手とは、おそらく身分のある人間だろう。 この近くに住んでいて、評判が悪く、金に困っている地主階級の男を捜そう。


 そこでジョックは、誘拐事件については関心のないふりをして、パブの隅に座っていた人のよさそうな農夫に話しかけ、流しの大工だが安い賃金で働くから、修理の要りそうな屋敷を教えてくれ、ともちかけ、ビールを一杯おごった。
 男は、すぐに三件ほど教えてくれた。 その中に、賭け事で身を持ちくずし、召使にも逃げられて、荒れた屋敷で飲んだくれている郷士の話が出てきた。
「親の代は手広く農地を貸して、堅くやってたんだがね、今じゃ誰も寄り付かない。 元雇われていた婆さんが、昔のよしみで時々食事を持っていってやってるらしい」
「そんなんじゃ、とても俺を雇う金はないな」
 ジョックががっかりしたふりをして肩をすくめると、話し相手はニヤッと笑った。
「それがな、ついこの間、その婆さんにポンド札を渡したっていうんだよ。 今度、金が入るあてができたから、これでもっとましな料理を沢山作ってきてくれ、なんぞと言ってな。
 だから、もしかすると屋敷を直す気になるかもしれんよ。 遺産かなんか転がりこんできたとかで」


 ジョックは、この情報に強く引かれた。
 荒れた広い屋敷に、たった一人で住んでいるなら、女と赤ん坊を隠すのにうってつけだ。 おまけに最近金を入手したらしい。 悪事の前払い金が、手紙に同封されていたのかもしれない。
 頼む料理の量を増やしたと聞いて、ジョックは興奮でぞくぞくした。 トーマス・サンダースというその郷士は、乳母のミリー用に注文したのだろうか。 誘拐された二人は、まだ生きているかもしれない!


 ジョックは、村のあちこちで捜査している警察に見とがめられないように、野原をてくてくと歩いて、教えられたサンダースの屋敷へ行った。
 冬の日没は早く、四時少し過ぎでもう暗くなりかけていた。 おまけに小雪まで落ちてきたので、人通りはまったくなく、ジョックは悠々と崩れた塀をまたいで、裏庭に入り込んだ。
 間もなく屋敷の中で、小さな光が横に動き出した。 ランプを持って、サンダースが移動しているのだ。 ジョックは、窓下の高さに腰を屈めて、その弱い灯りについていった。







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