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その225
ミリーはジョックの誘いを聞いて、喜ぶよりむしろ戸惑った。
確かに料理は好きだし、マフィン作りには自信があるけれど、コックとして働いたことはない。 どこで私の評判を聞いたの? と尋ねられて、ジョックは首をかしげた。
それが、この任務に疑問を抱いた最初のきっかけだった。
ささいなことなので、ミリーに断られて帰る間にすぐ忘れたが、心の片隅に引っかかった。
いくら給料がよくても、べた惚れの夫ジムと離れて暮らすなんて嫌だ、と、ミリーはきっぱり答えたのだった。
ハートフォードシャーに帰って、引き抜きに失敗したことを伝えるのは気が重かった。
しかし、キャロラインは怒らず、どこで会ってどんな話をしたか詳しく言わせただけで、残念だったわね、という言葉の後、駄賃までくれた。
ジョックはほっとして、仕事に戻った。
そして、数日後に本家の赤ん坊が消えたという噂が屋敷を駆け巡るまで、いつも通り明るく働いていた。
キャロラインが、ジョックの性格を正しく見抜いていたことは間違いない。 彼は真面目な両親の元で育ち、しっかりした正義感の強い男だった。
だからキャロラインは、ジョックを悪事に引き入れようとはせず、彼の魅力を利用しただけだった。 ミリーを誘拐犯に見せかけるには、余所者〔よそもの〕の美男と駆け落ちしたと思わせるしかなかったのだ。
だが、キャロラインの失敗は、ジョックの知性を軽く見ていたことだった。 彼は、自分が訪ねた直後に起きた事件に、すぐ疑いを持った。 ハートフォードシャーにいては事情がほとんどわからない。 現場は日帰りで行ける場所なので、ジョックは一計を案じて、親の命日だからロンドンへ墓参りに行きたいとキャロラインに申し出た。
キャロラインは、里帰りを許してくれた。 二日間だけだし、むしろジョックを事件から遠ざけておけて良いと思っているようだった。
だがもちろん、彼女の思惑は外れた。 遠ざかるどころか、ジョックは隣り村から汽車に乗って、こっそりエセックスに向かった。 もう赤いスカーフはポケットにしまいこみ、地味な服と大きな帽子で目立たないようにして。
本家近くのパブでは、男たちが事件の話で持ちきりだった。 ジョックは黙々とエールを口に運びながら、噂を一言も聞き漏らすまいと耳を傾けた。 そして、赤ん坊をさらったのがミリーだと言われるのを聞き、椅子から落ちそうになるほど驚いた。
胸の奥でもやもやしていた記憶が、鮮やかによみがえってきた。 あの奇妙な使いは、やはり悪い企みの一部だったのだ。 しかも、それには彼自身が巻き込まれて、思いもしなかった役を演じさせられていた!
激しい怒りで、ジョックは奥歯を噛みしめた。 のどかで退屈な村のことだ。 余所者はいやでも目立つ。 彼がミリーと会っているところを見ていた村人が、ジョックを駆け落ち相手として容疑者にするかもしれないのだ。
畜生! あの気取った悪女め、俺をこんな汚い事件に引っ張り込みやがって!
むかむかしながらも、ジョックの頭脳は素早く回転した。
赤ん坊とミリーは姿を消した。 でもミリーが駆け落ちなんかしていないのは、誰よりもジョックがよく知っている。 となると、誰かが二人をさらって隠しているか、殺してしまったかだ。
キャロラインは事件の前後、自分の屋敷から出ていない。 ハートフォードシャーで殺し屋を雇ったとしたら、エセックスのこの村では二人目の『余所者』になって、目立つはずだ。
そんな男の目撃談がないところを見ると、ミリー達を連れ出したのは地元民だ。 キャロラインの指示を受けて動く人間。 たぶん手紙で連絡したのだろうから、字の読める奴だ!
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