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手を伸ばせば その223


 幼い子供は、大人になりかけの劣った存在と思われがちだ。 だから大人たちは、子供の前で油断して、つい本心を見せてしまうことがある。
  今にして思えば、四人の兄妹はそれぞれに、レディ・キャロラインの表面的な美しさと淑やかさの陰に隠れた嫌な部分を、どこかで感じ取っていたのかもしれない。


 顔をしかめたまま、ジョックは言葉を続けた。
「そうです。 化粧好きの、あの悪婆め。 あの女のせいで、顔にこんな傷が残ったんでさ」
「その傷は、鞭で打たれたのかい?」
「いいや、ナイフで切られたんです。 語ると長い話で」
「なんでそんなことに?」
「俺を始末したかったんですよ。 自分の手を汚さずに」
「始末か……。 君はレディ・キャロラインのどんな弱みを掴んでたんだ?」
 フランシスは迷わず、核心を突く質問をした。
 ジョックは首を横に動かして暖炉の火に目をやり、ゆっくりと答えた。
「初めは何も。 たまたま巡り合わせで、巻き込まれちまったんですよ」
 それから彼は、奇妙な顛末を語った。


 ジョックは、もともとロンドンの下町育ちで、父親は腕のいいパン職人だった。
 ジョックも後を継ぐつもりで、父について修業していたのだが、何年か置きに周期的に襲ってくるチフスの大流行で、両親を一度に失ってしまった。
 治療費のかたに、小さな店は取られてしまい、仕方なくジョックは、葬儀に来た母の親戚の誘いに乗って、ハートフォードシャーに行くことにした。 近くの地主が、新しい雇い人を探していると教えてもらったからだ。


 その地主が、エビネザー・デントン・ブレア。 つまりレディ・キャロラインの夫で、ルイーザとジェラルドの父だった。
 エビネザーは、いつも背中を丸めている、影の薄い中年男だった。 身なり構わず長靴姿で農場を回り、家畜の面倒を見るのが生きがいの、実直な田舎領主だ。
 ジョックはエビネザーが好きになったので、給料は安いが雇ってもらうことにした。 しかし間もなく、屋敷の実権を握っているのが妻のキャロラインで、出世したがらない夫を見下し、駄目な男の見本として息子に教え込んでいるのを知った。
 キャロラインは、飽くことを知らぬ女だった。 汗水たらして働く夫から、巧みに収入の大半を取り上げ、貯金に励んだ。
 無駄遣いをしないのは取り得だが、それも将来の野望を考えてのことだった。 エビネザーはハバストン侯爵を継ぐ順位の二番目だ。 最初にタイラーを狙ったにもかかわらず、麗しいミランダに横取りされた(と勝手に思い込んでいる)キャロラインには、この二番の順位をいつの日か一番にすることが、人生究極の目標だった。







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