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その222
そうこうしているうちに、足元の舗道でディッキー・ヒンチが意識を取り戻し、かすかな呻き声を上げた。
即座にジョックが腕を伸ばし、加減しながら男の頭にもう一発見舞った。 それでヒンチはまた地面に倒れ、動かなくなった。
「あっちです。 こいつがまた目を覚ましてわめき出す前に、消えましょう」
「奇術師ディレインが、鍵をかけた箱から跡形もなく消えるようにね。 よし、行こう」
小走りに移動する二人の影を、またたく間に濃霧が覆い隠した。
グローブナーの一等地にある公爵邸に着いても、フランシスはジョックをそのまま帰そうとはしなかった。 粗末な辻馬車を敷地の裏側に入れさせると、安物のジンなどではなくブランデーをたっぷりおごると約束して、ジョックを一階にある居間の一つに連れて行った。
屋敷の住人たちがいつ帰ってきても一息入れられるように、その部屋は常に暖炉を赤々と燃やして、テーブルには軽食と酒類が並んでいた。
居心地のいい室内を見渡して、ジョックは嬉しそうに手をこすり合わせた。
「こりゃあすごい。 いつでも酒が飲めて、凍った爪先をぬくぬくとあっためられるなんて、この世の天国ですな」
「椅子を持って、暖炉の前に行きたまえ」
フランシスは気さくに勧め、手づから上等のブランデーをグラスに注いで、渡していってやった。
ジョックは恐縮して受け取った。
「ありがたいこって」
幸せそうにグラスの香りをかいでいるジョックの前に座ると、フランシスは身を乗り出して、真剣に尋ねた。
「君はジェラルドをクソ野郎と呼んだね?」
ようやく決心をつけて、酒を一口含み、ジョックは目を閉じて至福の表情を浮かべた。
「うぅっ、たまらねえ。 何てすばらしい味だ」
「帰りに一瓶、土産に持たせよう」
「ほんとですか?」
ジョックは目を輝かせた。 フランシスは強く頷き、更に前傾した。
「だから教えてくれ。 ジェラルドを知ってるのかい?」
ジョックの顔が曇った。 ゆっくり手の中でグラスを回しながら、彼は唸りに近い声を発した。
「知ってますとも。 あのクソ野郎がガキのころからね。 二枚舌の陰険な男です。 奴の母親そっくりだ」
「母親?」
フランシスは、ジェラルドを産んだレディ・キャロラインを頭に思い浮かべた。 栗色のつやつやした髪と、大きな灰青色の眼の持ち主で、なかなかの美人だったが、デナム公爵家の兄妹たちは皆キャロラインを嫌っていて、近づかなかった。
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