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その221
フランシスがなおも警戒を怠らずにいると、光の輪を外れた灰色の霧の奥から、男の姿がゆっくりと浮かび出た。
ハンチング帽を目深に被り、地味な茶色の装いをしている。 手には節くれだった棍棒がしっかりと握られていた。
フランシスが口を開く前に、男は渋い声で話しかけてきた。
「危ないところでしたね、旦那。 こいつはディッキー・ヒンチといって、金を積まれればどんな汚い仕事でも平気でやってのける奴で」
「それで君は?」
フランシスが素早く尋ねると、男は片頬を歪めてニヤッと笑った。 年のころは四十がらみ。 なかなかいい男だが、左の頬に薄くなりかけた長い傷跡が走って、表情に凄みを添えていた。
「ジョック・マクダヴィッシュ。 ジョックと呼んでください」
「それではジョック、なぜ僕を助けてくれたんだ?」
男は薄い笑いを浮かべたまま、フランシスに近づいて、声を落とした。
「頼まれたんですよ。 旦那の妹さんを連れていった人に」
フランシスは棒立ちになった。 遂に、探しあぐねたジリーの居所がわかるのか!
彼が反射的に胸倉を掴もうとしたので、ジョック・マクダヴィッシュはあわてて身を引いた。
「落ち着いてください、旦那。 妹さんが今どこにいるかなんて、俺は知っちゃいません。 でも、無事でお元気だってことは聞きました。 俺もほっとしましたよ。 あんな目がくらむような美人で、おまけに勇ましいお嬢さんは、幸せにならなくっちゃ」
「妹を見たことがあるのか?」
「ええ、あのクソ野郎に襲われかけたとき、逃げる手伝いをしました。 じかに会ってはいませんがね」
そう答えて、ジョックは軽くウィンクしてみせた。
「お二人が逃げた後、片付けをしたんですよ。 ついでに、起き出して助けを呼ぼうとしていたクソ野郎を、しばらくしゃべれないようにしてやりました」
フランシスの眼に、みるみる理解の色が広がった。 それでは、ジェラルドの顎を砕いたのは、ジョックが今手にしている棍棒だったのか。
ジョックは話好きらしく、楽しげに言葉を続けていた。
「クソ野郎に見られちゃいませんがね。 そんなドジは踏みません。
それにしても、あのお嬢さんは立派でしたよ。 文句ひとつ、悲鳴ひとつ上げないで、さっさと服を山ほど着込んでね。 クリスマス前のガチョウみたいに丸々した格好で、すばしこく逃げたんですよ。 何もしない貴族の奥様にするにはもったいない玉……いやレディで」
「昔からおてんばでね」
ジョックの話したジリアンの様子は、すべて本人にぴたりと当てはまる。 フランシスはこの陽気な男を信用する気になっていた。
ひとしきりしゃべった後、ジョックは真顔になって、周囲に広がる都会の闇を見透かした。
「ここはぶっそうだ。 長居は無用です。 実は俺、辻馬車の御者になって、そっと旦那を護衛してたんです。 向こうに馬車を置いてありますから、御宅までお送りしますよ」
「それはちょうどよかった。 ぜひ頼む」
フランシスは片眼鏡を取り出しながら、落ち着いて答えた。
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