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その220
フランシスが『ホークス・アイ』という中級の賭博場から出てきたとき、時間は深夜の一時を回っていた。
ドーリア式の柱を巡らせた正面口は小高くなっていて、階段が扇型に広がっていた。 フランシスは九時頃に店へ入り、これまでに百ポンド近く勝った。 そのため、友人に祝杯をおごられて、いつもより酔いが回っていた。
幅のある段なのに、よろめいて踏み外しそうになったフランシスを、守衛のフレディががっちりと抱き止めた。 フランシスは上機嫌で、礼を述べながらフレディにポンド紙幣を抜いて渡した。
「ありがとう。 ついでに馬車も呼んでくれないか」
「はい、只今」
大柄なフレディが、夜霧の中へ歩き去っていった後、フランシスはおぼつかない手つきでハバナ葉巻を取り出すと、もう一人の守衛ジョナサンに火をつけてもらった。
「君にもチップを渡すべきだな。 すべからく金は有益に使うべし、だ」
「ありがとうございます、伯爵」
「お、あの馬車は、フレディが連れてきてくれたものかな」
そう言って、フランシスはひょろひょろと段を降りていった。
すぐに濃い霧が彼を包み、後ろに立ち並ぶ建物から切り離した。 しかも、目当ての馬車はフランシスには目もくれず、車輪の音を響かせながら角を曲がっていってしまった。
「まだだったか」
そう呟いて、暗い路傍からガス灯の淡い光に近づこうとしたとたん、斜め横の霧が乱れて渦を作った。
フランシスは、見た目ほど酔っていなかった。 だから、殺気を感じた瞬間、マントをひるがえして後ろに飛んだ。
背中が街灯に軽く当たった。 襲撃者の姿が霧の中から浮かび出て、左手から右手に長いナイフを持ち換えるのが、はっきりと見えた。
フランシスは唇を引き締め、身構えながら懐に手を入れた。 このライフォード通りは広く、比較的治安のいい場所だが、夜のロンドンに追いはぎはつきもので、彼も深夜に出歩くときには用心して、ピストルを常に持ち歩いていた。
襲撃者は、中肉中背だった。 威圧感はないが、身のこなしが素早い。 黒いマスクから覗く眼がぎらついていて、情け容赦ないのがわかった。
「何が狙いだ。 金か?」
フランシスが尋ねて、ピストルを脇ポケットから抜き取ると同時に、男は無言のまま飛び掛ってきた。
だが、ナイフがひらめく寸前、男は呻き声をあげて、いきなりうずくまった。 そして、驚くフランシスの前で、大きな棍棒〔こんぼう〕が男の頭を一撃し、彼を石畳の上に叩きのめした。
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