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手を伸ばせば その218


 その日、塾長のモーガン夫人と、副塾長で妹のミス・ヒル、もう一人の補助教員シャーリー・ケイナンとの四人で囲んだ夕食が済んだ後、ジリアンはそっと夫人に近づいて、話があると言った。
「大切なことなんです。 少しお時間を頂けますか?」
 鼻眼鏡をかけてはいるが、ふわりとふくらませた結い上げ髪と、ピンタックを取った真っ白なブラウスに瑪瑙〔めのう〕のブローチを効かせて女らしくまとめたクリスティン・モーガンは、ジリアンに問いかけられるとすぐ頷き、椅子を引いて立ち上がった。


 モーガン夫人は、ジリアンを自分のくつろぎ用の居間に連れて行った。 そして、暖炉に火を起こし、ドアに閂をかけてから、毛糸編みの上掛けでフワフワと暖かいソファーに座らせ、自分は向かい側の椅子に腰を下ろした。
「食べたばかりだけど、紅茶はいかが? ここにメレディスさん(=家政婦)の作ったクッキーもあるわ。 おいしいのよ」
 ジリアンは、緊張をほぐすために有難くいただくことにした。
「それで、お話とは?」
 ティーカップをテーブルに置き、ジリアンは喉の詰まりを晴らしてから、できるだけしっかりした声で口を切った。
「ずっとかくまってくださって、感謝しています。
 その上に、またご心配をかけることになるかもしれませんが、私の事情をよくご存知ですから、包み隠さず言います。 法律上はともかく、心の夫と決めているパーシー・ラムズデイルと、年の初めに会いました。
 それで、あの」
 育ちがいいだけに、次の告白はスッと出てこなかった。 ジリアンが湖のような碧の瞳をそらすのを見て、モーガン夫人はすぐ悟った。
 ためらわずに、夫人は身を乗り出して、ジリアンが膝に置いたほっそりした手を握った。
「おめでとう」
 どきっとして、ジリアンは顔を上げた。 すると、温かみと同情に満ちた夫人の眼が、じっと見つめていた。
「秋にはお母さんになるのね?」
 ジリアンはかすかに首を揺らした。 はい、と答えたつもりだったが、声にはならず、代わりに祝福された嬉しさがこみあげてきた。
 前に座っているのがもし母のジュリアだったら、どんなことになっていただろう。 冷たい蔑みの目と激しい非難の言葉を一方的に浴びせられて、凍りついたにちがいない。
「私……私、幸せなんです。 パーシーもきっと喜んでくれるでしょう」
「もちろんですとも」
 夫人は心から、そう答えた。
「実は私からも話があったのよ。 今日の午前、ようやくデントン・ブレア少佐から連絡がありました」
「マークから?」
 我を忘れて、ジリアンはソファーから腰を浮かせた。









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