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表紙

手を伸ばせば その216


 一応、水難事故という裁定が下った。
 しかし、近隣で信じる者はいなかった。 遺体が見つかった場所からして、後追い自殺にちがいないと噂を立てられてもしかたがない状況だった。


 サー・タイラーは、恋が実って結婚し、初めての子供に恵まれるという幸せの絶頂から、一気に奈落へ突き落とされた。
 ダーンリー・コートの閑静な屋敷での暮らしは、悪夢に変わった。 タイラーは身の回りの品をまとめさせ、妻の葬儀を終えた直後にヨーロッパへ旅立った。
 そして、六年後に肝臓障害で世を去るまで再婚せず、二度と英国の地を踏まなかった。




 報告書を読み終えると、フランシスはすっかり憂鬱になって、疲れた目頭を指で揉みながらフーッと大きく溜息をついた。
 フランシス自身も、大貴族の跡継ぎだ。 消えた赤ん坊と同じ立場なのだ。 年齢は少し上だが。
 事件当時、ジェラルドが幾つだったか計算してみると、九歳と二ヶ月だった。
 彼には三つ年上の姉がいる。 影の薄い娘だったにもかかわらず、今ではハードウイック伯爵と結婚してランカシャーに住んでいた。
 フランシスは別の封筒を取り出して、中身をもう一度確かめた。 それはジェラルドの実家を調査した書類で、十二年前に侯爵位が転がりこんでくる前はただの小地主にすぎず、彼の父が残した借金に苦しんでいたことが記されていた。


 どうも怪しい。
 机の上に調書を扇のように並べて、しばらく頭をひねった後、フランシスは自分の直感を信じて、もう少し調べてもらうことにした。
 当時はまだ幼かったジェラルドや姉のルイーザではなく、その周辺人物を。




 その一方で、妹のジリアン探しも精力的に続けていた。 遊び歩いている(ように見える)フランシスを、父は黙認していたが、母はひどく嫌がり、顔を合わせるごとに皮肉をぶつけた。
「また朝帰り? 私たちはジリアンが心配で、夜もろくに眠れないというのに。 あなたは妹をだしにして、遊んでいるとしか思えないわ」
「僕だって気が気じゃないんですよ。 調査員と一緒に行きたいが、足手まといになるだけでしょうし、見つかったと知らせが来るまで、どこかで時間をつぶさないと」
 平然と答える息子を、ジュリア夫人は知らない人を見るような目で眺めた。
「あなたを見そこなっていたようね。 男の子らしくもなく妹たちの面倒をよく見ると思っていたのに。
 それともなに? もしかして、こっそりジリアンと連絡を取って、私たちには隠しているんじゃないの?」
 ああ、そういうことか。
 フランシスは苦笑を浮かべた。 母の心配は、そっちの方なのだ。 娘の健康や、逃亡生活の苦しさではなく、身分にふさわしくない男を婿にするのではないかという恐怖だった。







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