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表紙

手を伸ばせば その213


 個人の舞踏会から中級の遊技場、上は最高級の紳士同好会であるヒルサイド・クラブまで、フランシスはどこでも出入りできた。 公爵の後継ぎで、自らもラサリン伯爵の称号を持っているからだ。
 それまで社交界にほとんど興味を示さなかったフランシスが、大学をさぼって賭け事や酒の飲み比べをする普通の貴族子弟になったという噂が立ち、たちまち次の社交シーズンの花婿候補No.1に祭り上げられた。
 フランシスは、その立場も上手に利用した。 なにしろ妹が三人いるから、若い娘との話題には事欠かない。 親しくなりすぎないよう注意しながら、令嬢たちの話し相手になって、どんな細かい情報も逃さずに聞いた。


 十日も経つと、フランシスの頭はジェラルド・デントン・ブレアの情報で溢れかえった。
 重要と思われるものは、忘れないように手帳にメモして、馬車の中や自室で検討した。
 その結果、ジェラルドには二面性があることが、はっきり見えてきた。 彼は、人間を二種類に分けていた。 一応対等に扱うべき人々、つまり王族や貴族、政治家、大商人などと、どうでもいいその他の人々に。
 目下とみなすと、ジェラルドの扱いは極端にひどくなった。 小さな商店へのつけは平気で踏み倒す。 女の使用人に手を出して責任を取らない。 大富豪のくせに、船荷保険目当てで持ち船をわざと沈めて、船員を溺死させたという噂まであった。
 道徳的にも問題だらけだった。 決闘で自分だけ鋭利に研いだ剣を使ったと囁かれていたし、耳の遠くなった老男爵未亡人を騙して、ジョン・ダンの貴重な初版本を取り上げてしまったのは有名だった。


 フランシスは根が親切なので、舞踏会では壁の花や地味な未亡人たちにもダンスを申し込んだ。 暇な彼女たちが客をよく観察していて、思わぬ情報を知っていることがあるため、その親切は報われることが多い。
 ジェラルドが爵位を継ぐ前、正式な後継ぎとして生まれた赤ん坊が不意に消え、一ヵ月後に裏庭の池からベビードレスが発見された事件があったと、フランシスはウィロビー夫人の娘ジェシカのデビュー・パーティーで、初めて聞いた。


 話してくれたのは、ミルドレッド・ウェイランドという、地味だが頭のいい未亡人だった。 彼女は結婚当時、はエセックスに住んでいて、そこで悲劇の噂を聞いたのだ。
 赤ん坊は、当時のハバストン侯爵タイラー・デントン・ブレアと、美貌で知られていたミランダ夫人との最初の子だった。 健康な男子だったため、タイラーは大喜びし、ミランダも一人息子を溺愛した。
 だが、二人が心を込めて選んだ乳母は、とんでもない食わせ者だったのだ。










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