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表紙

手を伸ばせば その207


 外は一晩中、凍った風が吹き荒れていた。
 北国の遅い朝ぼらけが白む前に、パーシーはしぶしぶ起き上がってランプを点け、脱ぎ散らかした服を集めて身にまとった。
 ジリアンは、羽根布団の下から眼だけ出して、一段と逞しくなった恋人の体を眺めた。 ズボンを穿き、シャツを引っかけてから上着を探していたパーシーは、くさび型に発達した胸の筋肉にジリアンが視線を釘付けにしているのを見つけた。
「おい、ずるいぞ。 自分はぬくぬくと布団に潜っていて、俺の裸だけ見てるなんて」
 言うと同時に彼が飛びかかってきたので、ジリアンはきゃあきゃあ叫んで笑いながら身をよじった。
「やめて、やめて! 放してってば!」
「いやだ、放さない。 家が崩れても、絶対離れないからな」
 パーシーが布団を剥がそうとし、そうはさせまいとジリアンが抵抗して、ベッドの上を転がり回っているうちに、唇が合った。
 とたんに深い感動が二人を押し流した。 今こうして共にいることが、奇跡に思えた。 二人を切り離そうとする親の意思と、結び付けようとするマークたちの尽力が絡み合い、拮抗し、この結果に導いたのだ。 まだ本当の幸せにたどり着けるかどうか予断を許さないが、ともかく二人は身も心も許しあった。
 飢えたように口づけを繰り返す合間に、パーシーが囁いた。
「まだ俺はここにいる……何日かは君の傍に……なんとかいうお伽話みたいに……ほら、あっただろう? 夜だけ訪れてくる恋人の話が」
「ああ……」
 情熱で動きの止まった頭で、ジリアンはぼんやり思い出そうとした。
「姿を見たら人間じゃなくなっちゃう話ね……たしか、カエル……?」
 パーシーはプッと吹き出した。
「ちがうだろう! まあ、蛇とか言わなかっただけいいけど」
「魔法にかけられた王子様ね。 ええと、何の呪いだっけ」
 胸に顔を埋めたため、パーシーの返事は聞き取りにくくなった。
「え?」
「白鳥じゃなかったか?」
「それはギリシャ神話よ。 ゼウスとレダ」
「レダでもアフロディーテでもいいよ。 どうせ君ほど綺麗じゃない」
 驚いて、ジリアンはのけぞりそうになった。 パーシーがお世辞を言うなんて!
「嬉しいことを言ってくれるのね。 コリンかリュシアンが乗り移ったみたい」
「あいつらは君を崇拝してるからな。 ずっと憎たらしかった。 俺が言いたくて言えないことを、どんどん先回りしてしゃべっちまうから」
「パーシー ……」
「本当だよ。 俺は商人の次男坊で、そういう自分に満足してた。 いや、むしろ感謝してたさ。 君に出会うまでは」
 低まっていく声が、怖いほどの真剣味を帯びた。









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