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手を伸ばせば その204


 ジリアンが真っ先に思い浮かべたのは、マークだった。
 彼が任務から戻ってきたのだろうか。 それなら心強いが、嬉しいかというと……微妙だった。 彼がこの家にジリアンを預けたのだから、堂々と昼間に現れてほしかった。
 もちろん、曲者という可能性もある。 そんな時のために、ジリアンは護身用のピストルを弾込めして、枕元の引き出しに入れてあった。
 窓の音は、かすかに続いていた。 その擦過音に耳を澄ましながら、ジリアンは腕を少しずつ伸ばして引出しを開け、冷たい銃身に指を置いた。
 やがて、建てつけの悪い窓がギシギシと唸りながら開き、闇の中に一段と黒い影が降り立った。 またこんな目に遭うのか、と、ジリアンは不安に駆られつつ、ピストルの引き金を探った。
 そのとき、窓辺から囁きが響いてきた。
「ジリーか?」


 声ではなく息だけ。 普通、誰のものかわかるはずはなかった。
 だが、ジリアンにはわかった。 その夜は新月で、空にはかぼそい星がまたたいているばかり。 光源になるものはない。 でも、窓から入ってゆっくり伸ばした大きな体の輪郭は、ぼんやりと見て取れた。
「パーシー?」
 胸に津波のような歓喜が押し寄せてきた。 ジリアンは喉が詰まりそうになりながら、同じく息で囁きかけた。
 とたんに、男の影が猛烈な勢いで近づいてきた。 そして次の瞬間、ジリアンは恋人の腕に抱きしめられていた。
「ああ、ジリー、ジリー!」
 低い喘ぎが首筋にかかった。 ジリアンは珍しくのぼせ上がり、パーシーの肩や背中、腕を小刻みに撫で回して、懐かしい感触を確かめた。
「パーシー ……! 本当にあなたなのね。 これは夢?」
「現実だよ。 現実にするために、いろんな船を乗り継いで帰ってきたんだから」


 感きわまって、二人はしばらく、ただひたすら抱き合っていた。
 お互いの腕の中にいることが、信じられなかった。 いつも邪魔が入り、逢瀬の時間が断ち切られてきた。 今夜も思わぬ事態になるのではないかと、最初は怖くて、二人ともなかなか動けなかった。
 その間に、ジリアンは姿勢を低くして、パーシーのみぞおちに顔を埋めた。 彼は裏つきの上着の下に、荒い木綿地のシャツをまとっていた。 ボタンを一つ外して開いた胸元から、熱く男らしい体臭が上ってきて、ジリアンの鼻孔を刺激した。
「誰も来ないわ」
「そうだな」
「キスして」
 パーシーの腕の筋肉が緊張した。 ジリアンから彼を求めたのは、初めてのことだった。
 一瞬のためらいの後、彼は胸に寄せられたジリアンの顔を両手で挟み、震える唇に唇を重ねた。








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