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手を伸ばせば その203


 ジリアンは、じっくり考えた。
 すると、一つの手が思い浮かんできた。
 彼女の腕を優しく、またはグイッと掴み、引き寄せる手。 頬に触れ、首筋を情熱的に撫でる力強い指。
 ためらいながらも、ジリアンは小声で言った。
「います」
 ジェムは眉を吊り上げた。
「家族じゃなく?」
「ええ」
 答えている内に、確信が高まってきた。 パーシーの締まった胴回りと、浅い弧を帯びた筋肉質の背中の感触が、今抱きしめているように生々しく記憶に蘇った。
 ジェムは頷き、歯を見せずに微笑んだ。
「率直でいいですね。 聞いた話ですが、社交界ではうわべの結婚が多いので、他人より遠い夫婦がいるとか。 仮面舞踏会でお互い気に入って、密会を約束した後、マスクを取ったら結婚相手だったという、がっかりする結末があったそうですよ」
「がっかりするより、喜ぶべきですね。 本当はお互い好きなタイプだったんですから」
 思ってもみなかった返事に、ジェムは意表を突かれた。
「なるほど。 面白い見方ですねえ」
「楽天的なだけかも」
「そうも言えますが」
 呟くと、ジェムはカードをザッと寄せ集めて、乱雑な山にした。
「ピケはもう飽きましたね。 麦わら抜きのカード版をしませんか。 どこからでも一枚ずつ交互に抜いて、山を崩したら負けですよ」
 さっそく二人はその遊びに熱中した。




 新しい年が明けたスコットランドは、天候が不順で、吹雪が岩山をまだらに埋める朝もあれば、その日のように凍てつく風が雲を散らし、千切れた枯れ枝が離れの石壁に吹き寄せられて筋を作る夕方もあった。
 寒風は暗くなっても止まず、亡霊の吐息のように哀しげな音を立てて家を巡った。
 赤い暖炉の火がゆらめく寝室で、ジリアンは寝つかれないまま、侘しい風の音に聞き入っていた。 こんな夜は、故郷や家族から離れた孤独が一段と身に染みる。 兄のフランクはもう大学からロンドンへ戻っただろうか。 マデレーンは、妹の家出を知ればどんなに心配するだろう。 ヘレンは同じスコットランドにいるというのに、会いに行けないし……。
 それもこれも、あの勘違い男の責任だ。 意識不明で床に倒れていたジェラルドを思い出すと、今でも怒りがこみあげてきた。
 マークのおかげで、安全な場所に匿われているとはいえ、未成年者の結婚を親が許さないと言ったら大ごとになる。 マークは誘拐罪に問われるかもしれない。
 それより前に、結婚が取り消しになる可能性だってあるのだ。


 ジリアンは寝返りを打って、無理やり目を閉じた。 眠気が訪れなくても、できるだけ考えないようにして体と心を休めなければならない。 マークが戻ってくるまで元気でいなければ。
 ああ、マークはどこへ行ったのだろう。 いつ帰ってきてくれるのか。
 珍しく目頭が熱くなった。 あわてて、ジリアンは指先で涙の粒を払い落とした。 泣きそうになるなんて、何て気弱な。
 自分を励ますため深呼吸をしたとき、窓枠がきしんだ。
 かすかな音だった。 熟睡していたら気づかなかっただろう。
 ジリアンは掛け布団の下で動きを止め、耳に神経を集中した。 数秒後、また窓が鈍い音を立てた。
 間違いない。 誰かがそっと、二階の寝室に忍びこもうとしていた。






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