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表紙

手を伸ばせば その202


 ハバストン侯爵ジェラルド・デントン・ブレアが、野駆けで馬から落ちて顎の骨を折った、という噂が、ロンドンの社交界を賑わせている頃、ジリアンは暖かいサー・ナサニエルの屋敷で、大事にされていた。
 さすがにクリスマスの日には、近在の小作人や友人たちが訪れるので、表の広間に出るのは遠慮した。 でも、メアリ夫人がイングランド風のクリスマス料理を差し入れてくれたし、ジェムも午後に本を持って、離れに顔を見せてくれた。
「うちは美術と建築関係の本は山ほどあるんですが、読み物は少なくて」
 申し訳なさそうにそう言いながら、ジェムはシェリーの詩集と挿絵入りの説話本をジリアンの前に並べた。
 ジリアンは喜んで受け取った。
「まあ、ありがとう。 読んだことのない本ばかりで、楽しみです」
「その前に、ピケでもやりませんか? 広間では宗教詩の朗読をやってるんですが、どうにも退屈で逃げてきてしまったんですよ」
 ニコッと無邪気に笑って、ジェムはトランプの束を出してきた。
「神の日に不敬だなんて言いませんよね? 金を賭けなきゃいいでしょう?」
「ええ、でも何かを賭けないと面白くないわ」
「じゃ、勝ったら一つ質問していいということにしませんか?」
 そう提案したジェムの眼は、陽気な好奇心に輝いていた。
 ジリアンは少しためらった。
「答えられない質問もありますけど」
「そのときは変えます」
 彼が請け合ってくれたので、ジリアンはカード遊びをすることにした。


 やり始めてすぐわかったことだが、ジェムは強かった。 苦労のなさそうな丸顔をしている割には、人の表情を読むのがうまい。 最初の勝負は、全然歯が立たないでジリアンが負けてしまった。
 カードを集めてテーブルの真中に置くと、ジェムはさっそく尋ねた。
「じゃ、訊きますよ。 マークをどう思います?」
 最初から手ごわい質問だった。
 だが、ジリアンはトランプ試合のおかげで頭を使って冴えていたので、いつも感じていた通りの答えを返した。
「考え深くて計画的だけれど、驚くほど大胆になることもある人。 素晴らしい友で、敵に回したら怖い人」
「ほう、えらく冷静な見方だ」
 ジェムには予想外だったらしい。 少しトランプの模様を見つめて考えていたが、思い直して素早く配りはじめた。
 第二戦もジェムの勝利だった。 だが今度はジリアンが慣れてきたので、初めほど圧倒的には勝てなかった。
「やれやれ、すぐ強くなりますね。 それではと、もし真っ暗闇でマークに会ったら、見分けられますか?」


 奇妙な問いだった。 裏に何が隠されているのか、ジリアンは探るような目でジェムを見つめ返した。
「それって、マークとどれぐらい親しいか知りたいということ?」
 ジェムは笑ってかすかに首を横に振った。
「いえ。 じゃ質問を変えましょう」
「一回に一問のはずよ」
「いや、訊き方を変えるんです。 真っ暗闇で会っても誰かすぐわかる男性は、いますか?」






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