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表紙

手を伸ばせば その200


「その、本当かウソかわからない情報のせいで、母上はジリーを外国へ行かせたんですね?」
 ふくれっ面のままで、ジュリアは顎を上げた。
「変な虫を遠ざけるのは、親として当然でしょう? あの子は最高の花嫁候補なのよ。 王家にだってふさわしいぐらいの」
 母とはどこまで行っても平行線だ。 フランシスは議論をあきらめて、父に向き直った。
「ジリーの行った先は、突き止められましたか?」
「いや。 乗合馬車と鉄道を調べたが、どれにも乗っていなかった。 宿屋に泊まったという報告もない。 グレトナグリーンには姿を見せていないようだ」
「では船で……」
 フランシスは考えこんだ。
「それともまだイングランドで息を潜めているのか」
「やっぱりマデレーンの夫に訊くべきよ!」
 不意にジュリアが甲高い声で叫んだ。
「怪しいのはハーバートの弟しかいないもの」
「パーシーですか?」
 遂に名前が出た。 フランシスは盛大に溜息をつきたくなったが、代わりにできるだけ冷静な声でたしなめた。
「彼は軍人になったんですよ。 しかも海軍だ。 のんびりこの屋敷に張り付いている時間なんかないんです」
「それでもラムズデイルの屋敷に問い合わせて。 もちろん内密にね。 弟は休暇中かもしれないわ。 確かめてちょうだい」
「もし駆け落ちしたんなら、今さら騒いでも遅すぎます」
「諦めないで! 世間に知られなければいいのよ。 うまく連れ戻して、ジェラルドと……」
「母上! いいかげんにしてください!」
 いきなりフランシスがテーブルをドンと拳で叩いた。 公爵夫妻はたじろぎ、ジュリアは顔を歪めた。
 肩で息をしながら、フランシスは凍りついた眼差しを母に据えた。
「実の娘より屑野郎のジェラルドを大事にするなら、僕にも考えがある。 あいつに決闘を申し込みます」


 ジュリアの眼が飛び出しかけた。
「な……なんてことを言うの!」
「言うだけじゃありませんよ。 実行しますから」
「よせ」
 公爵が短く言った。
「あの男の数少ない取り得は、剣と銃が上手なことだ」
「大事な妹を汚されかけて、黙って見過ごすつもりはありません」
「止めて、止めて!」
 長男の思わぬ決意で、ジュリアはようやく自分の行為の重大さに気づいたようだった。 顔が次第に青ざめ、唇がわなわなと震え始めた。
「あなたは跡取りよ。 たった一人の大切な息子なのよ」
「跡取だからこそ責任があります。 ジリーを苦しめたジェラルドが、被害者面して上の寝室でのうのうと看病してもらっているなんて、我慢できない」
「帰ってもらうわ。 それならいいでしょう? ね、落ち着いて」
 ジュリアはうろたえ、息子にすがりついた。







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