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手を伸ばせば その199


 扉が重いので立ち聞きされにくい図書室に親たちを追い込んだ後、フランシスは床を鳴らして歩き回りながら、激しく非難した。
「何なんですか! 久しぶりに我が家へ帰ってみれば、家族の一人が追い出され、家族でもない者が厚かましく居座っているなんて!」
「追い出してなんかいないわ。 ジェラルドはただ……」
 勇ましく反論しかけたものの、これまでにない息子の険しい眼差しに射すくめられて、ジュリアは言葉を続けられなくなった。
「真夜中、未婚の娘の部屋に忍び込んで襲おうとしただけですか! しかも情けないことに、逆襲されて殴り倒されてますが」
 父親のデナム公爵が低く咳払いして横を向いた。 どうやら笑いをこらえ切れなくなった様子だった。
 フランシスは、そんな父にも容赦なかった。
「笑ってる場合じゃないでしょう! たとえ正式に婚約していたって、勝手に寝室へ入るなんて許されない。
 そして母上、僕を言い負かそうとしても無駄ですよ。 ジリーはこの縁談を断ったはずです。 ジェラルドの麗しい顎がちょっとばかり砕けたって、自業自得というものです」
「ジリアンが怪我させたわけじゃないわ」
 ジュリアはフランシスの強い視線を避けながら呟いた。
「誰かが窓から入った形跡があるのよ。 その男がジェラルドに乱暴を働いて、ジリアンを連れ去ったんだわ」
「僕なら正義の味方と言います。 悲鳴を聞いて助けに来たんでしょう。 まさか本気で、ジリアンが誘拐されたと思っているんですか!」
「悲鳴はなかった」
 ようやく公爵が口をきいた。 重々しく、困惑した口調だった。
「ほぼ何の音もしなかったんだ。 だから普段通り、朝に小間使いが部屋に行くと、床〔ゆか〕でジェラルドが気絶していた」
「あちこちの引出しや箪笥から服がはみ出していたわ。 急いで出して持っていったのよ」
「誘拐犯がですか?」
 フランシスが冷ややかに尋ねた。
「着替えを持っていくとすれば、本人に決まってます。 ジリアンはその男についていったんだ」
「ちがうわ! あの子はさらわれたのよ!」
 返事をせずに、フランシスは父に向き直った。
「父上がまだしも冷静で、誘拐されたなどと騒ぎたてなくてよかったです。 そんなことをしたら半月は新聞やゴシップ雑誌で騒がれて、ジリーだけでなく我が家の名誉にも傷がつきますから」
「そんなわかったようなことを言って!」
 非難されっぱなしのジュリアが、とうとう逆切れして息子に食ってかかった。
「ジェラルドを殴った男の正体は不明なの! たとえ、うまくジリアンを言いくるめて連れていったとしても、売り飛ばしたり捨てたりするかもしれないのよ!」
「ちょっと待ってください」
 フランシスも負けてはいない。 容赦なく母に反論した。
「悲鳴は聞こえなかった。 じゃ、救い手はどうして三階の窓から飛び込んできたんです? それも、絶妙のタイミングで。
 その誰かは、ジリアンを守っていた。 少なくとも、何か起きないように見張っていたとしか思えません。 体力があって敏捷な男でしょう。 とっさの機転も利く。
 お二人には、そんな男の心当たりはないんですか?」


 ジュリアは答えず、唇を一文字に結び、優雅なショールを胸元に引き寄せた。 デナム公爵は、額を手でこすった後、気の進まない様子で口を開いた。
「何年か前のことだが、マデレーンの家の庭園で、ジリアンが知り合いの少年とキスしているところを見たという知らせがあった」
「何年か前? まだジリーが子供の頃じゃないですか」
 キスの相手が誰か、フランシスにはすぐピンと来たが、あえて口には出さなかった。








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