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手を伸ばせば その197


「言っておくが、口が軽いのは諸悪の根源だぞ」
 びしっとマークにたしなめられて、ジェム青年は首を縮めた。
「僕は別に……」
「悪気はなかったというんだな。 わかってるが気をつけてくれ。 それより、ここは寒い。 早く藁の片付けを命じて、屋敷に入ろう」
 見たところ、二人の若者の年は幾つも違わないようだが、完全にマークが上に立っていた。 いいようにコキ使われているジェムに、ジリアンはちょっと同情した。


 横に大きく広がって、どこか親しみやすい地主屋敷に三人が近づいていくと、立ってパイプをくゆらせながら、こちらを眺めている中年男性が、窓越しに見えた。
「父です」
 ジェムが小声で教えた。 ジリアンは男性と目が合ったので、微笑して頭を下げた。 するとナサニエル・デントン・ブレアもパイプを口から離し、頷いてみせた。


 家具や棚が所狭しと置いてある居間は、温かみがあって居心地がよかった。
 改めて紹介を済ませた後、ナサニエルは客たちに椅子を勧め、自分も肘掛け椅子にゆったりと腰をおろした。 ジェムは立ったまま暖炉の端に寄りかかり、マークの背中越しに時々そっとジリアンに見とれていた。
「まず初めに、一族の代表となるはずのジェラルドがしでかした悪行に、お詫びを申し上げる」
 そう口を切って、ナサニエルは太い眉の下からジリアンをじっと見つめた。 奥まで見通すような目つきに、ジリアンは落ち着かない気分になった。
「あの子には、昔から人に見せない裏の顔があった。 表面は、ただの退屈なナルシストだが、本心は違う。 あれの正体は、欲のかたまりなんだ」
 ジリアンは瞬きした。 ジェラルドが見栄っ張りなのは知っていた。 いつも一流品しか身につけないし、買わない。 人が自分より褒められるのをひどく嫌うため、友人は影の薄いゴマすりばかりだった。
「だからあれは、結婚相手も超一流を欲しがった。 身のほど知らずなバカ者めが」
 ナサニエルは吐き捨てるように言い、改めてジリアンに優しい眼を向けた。
「あなたのことはマークから聞いています。 この男は若い割に苦労人でね、けっこう皮肉屋でもあるんだが、あなたのことは褒めていましたよ。 親切な心の持ち主で、おまけにとても逞〔たくま〕しいと」
 ジリアンは笑い出さずにはいられなかった。
「逞しいって、褒め言葉でしょうか?」
「もちろんですよ」
 そう答えると、ナサニエルは驚いたことに軽く片目をつぶってみせた。 とたんに謹厳な顔が愛嬌いっぱいになった。


 デントン・ブレア一族だからこそ、ジェラルドの暴挙からジリアンを守らなければならない、とナサニエルは力説し、建物の西翼にある美しい部屋を提供してくれた。
「大病した後、きれいな空気のところで静養しに来た親戚だと、回りには言っておきます。 あいにく家には娘はおらんが、妻のメアリがあなたの到着を楽しみにしていましたよ。 今日はたまたま教会の集まりで出ていますが、戻ってきたら喜ぶでしょう」








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