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手を伸ばせば その196


 マークは大いに楽しんでいた。
 だが、実際的なジリアンは、少し芝居がかっていやしないかと心の中で思った。 道がでこぼこで、おまけに木箱が大きすぎ、揺れるたびに体のあちこちをぶつけるので、余計にそう感じた。


 道のりは十五分とかからなかった。 でも、ジリアンには半時間以上に思われた。 せめて箱に覗き穴でもあれば退屈をしのげたのだが、ただ薄暗くてゴツゴツしているだけだったからだ。
 小癪なことに、農夫に変装したマークは、のんびり敷き藁満載の馬車を走らせながら、スコットランド民謡らしきものを口笛で吹いていた。 空は晴れているしほぼ無風状態で、気持ちがよかったのだろう。


 角を四回曲がって、荷馬車はようやく人声の聞こえる場所に着いた。
 喉に響くスコットランド訛りが、マークの偽御者に話しかけた。
「実は二日前に敷き藁を換えたばかりでね。 こいつは予備として、あの隅にでも積んでおきますかな?」
「よろしく頼む。 ああ、その前に中からお嬢様を出してあげてくれ」
「わかりました」
 言葉と同時にガサッと藁を落とす音が響き、箱の蓋が開いた。 別に空気が少なかったわけではないが、天井がすっきりと見えたとたんに、ジリアンは大きく深呼吸した。
 すぐ目に入ったのは、意外にも非常にハンサムな顔だった。 まだ二十代半ばぐらいの若さで、上等な服をまとっている。 とうてい馬番とは思えなかった。
 彼は安心させるように微笑を浮かべ、ジリアンに会釈した。
「ジェームズ・デントン・ブレア。 この屋敷のドラ息子です。 ジェムと呼んでくださいね」
 あら……!
 ジリアンは慌てて箱の中で立ち上がると、心もとない笑顔を返した。 なにしろ足元がぐらついて、立っているだけでやっとだった。
「ジリアン・クリフォードです。 初めまして」
 言い終わる前に近くの藁束が崩れてきた。 また箱に埋められそうになったため、ジリアンは急いで荷台の上に逃れた。
 それでも、こめかみの付近に藁が引っかかった。 手で抜こうとすると、後ろにまとめた髪が挟まり、結び目がほどけて、金髪が波のように舞い落ちた。
 ジェム青年が、ふと真顔になり、眩しそうに目を細めた。 茶色の明るい瞳が、素直な感嘆の色で染まった。
「これはこれは……吸い込まれそうな美しさだ! さながら金色のセイレーンですね。 その光のような髪で、彼のハートをがんじがらめにしたんですか」


 御者席から降り、腰に手を当てて二人を見ていたマークの額に、不快げな皺が寄った。
 つかつかと荷台に歩みよると、マークはジェムを押しのけて、さっさとジリアンの手を取るなり床に降ろした。
「いいかげんにしてくれ。 口説かせるために呼んだんじゃない」
「口説く? 冗談じゃない、殺されちゃいますよ。 でも本当に、この人はいかにも切り札だ。 彼女がいなかったら計画は潰れていたと貴方が……」
 振り向いたマークの凄い剣幕に、ジェムはたじたじとなって口をつぐんだ。










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