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手を伸ばせば その195


 暖炉の火が黄金色に照らす室内で、ジリアンはしばらく目を開けていた。
 度胸はいいほうだが、こんな状況で熟睡できるほど太い神経ではない。 カーテンの陰で何とか寝巻きに着替えたものの、ベッドに入った後もしばらく鼓動が早打ちしていた。
 暖炉の前からは、何の音も聞こえてこなかった。 マークはいびきをかかないらしい。 いつ寝返りするのかしら、と耳を澄ませているうちに、ようやくジリアンは浅い眠りに落ちていった。


 意識の一部は、ずっと目覚めていた。
 だから、夜明け前にマークがそっと起き上がる気配を、鋭く感じ取って目を開けた。
 彼は暖炉に石炭をくべ、体をまっすぐに立てて大きく一つ伸びをした。
 それから、自然な声でジリアンに呼びかけた。
「起きてますね? では駆け落ち者らしく、追っ手を逃れて早朝に出発することにしましょう」


 ジリアンはその言葉と共に飛び起き、マークに勝るとも劣らないほどきびきびと身支度した。
 少ない荷物をまとめ、点検していると、マークが楽しげに言葉を添えた。
「あなたのいいところは、肝心なときに黙っていられるという才能ですね。 女性だけでなく男も、興奮すると言葉数が多くなるものですが、あなたは冷静だ」
「そんなことはないです」
 歯がガチガチいいそうになって、ジリアンは顎に力を入れた。
「すごく緊張してます。 ただ、あなたの足手まといになりたくなくて」
「いい軍人になれますよ」
 そう言うと、マークは歯を見せて微笑んだ。
「それより最高のレディになれますね」




 二人は手をつないで、暗い階段を忍び足で下りた。
 宿賃は先払いしてある。 その中には馬車代も入っていて、裏口を出るとガッチリした荷馬車が二人を待っていた。
「今度こそ冒険っぽいですよ。 山盛りに積んである藁が見えるでしょう? あの下に空の木箱が埋めてありますから、入って隠れてください」
「あなたは?」
 ジリアンが心配になって訊くと、マークは軽く右目でウィンクした。
「僕はあの御者から服を借ります。 農夫のおっさんに変装して、ナサニエル・デントン・ブレア邸に馬屋の敷き藁を運んでいくわけですよ」









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