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表紙

手を伸ばせば その194


 案内された部屋は、床から壁、天井まですべて木が張られていた。 板の大きさは揃っておらず、見かけはごつごつと粗末だが頑丈で、隙間風は入らないようだった。
 部屋の左奥に置かれた大きめのベッドが、ジリアンの目を射た。 急いで視線を逸らしたが、どうしても気になる。 他に家具といったら、角テーブルと椅子が二脚。 それに備え付けの衣装箪笥だけだ。 別々に横たわって休めるようなソファーやベンチは存在しなかった。
 マークは、宿の主人に料理を頼んでくると言って、案内してきた無愛想なメイドと共に一階へ降りていった。
 残されたジリアンは、急いで着替えにかかった。 沢山着込んできた予備のブラウスや下着を脱いでまとめ、改めて一番上等な服に身を包み、暖炉でパチパチとはぜる薪の前にかがみこんだ。
 心細かった。 パーシーと引き離され、地球の裏側に来てしまったような孤独感が襲ってきた。


 やがてマークは、湯気の立つ鶏料理と共に戻ってきた。 蕪とじゃがいものスープがついている。 素朴だが暖かい食べ物は、胃だけでなく心もなごませてくれた。
 小さなテーブルで向き合って食べながら、二人はぽつぽつと話を交わした。
「私がお世話になる家は、どなたの物ですか?」
「ああ、ナット伯父さんです。 ナサニエル・デントン・ブレア。 最初はとっつき悪く感じるかもしれませんが、公平で根性の据わった人ですよ」
 それからマークは、打ち明け話をしてくれた。
「奥さんのメアリは、伯父さんのイングランドの家で家政婦をしていたんです。
 伯父さんは三十一歳まで、誰が何と勧めても女性と付き合いませんでした。 女嫌いだと思われていたんですが、その年にスコットランドの従兄弟が亡くなり、土地と屋敷を譲られることがわかると、すぐメアリ伯母さんにプロポーズしました。
 親たちはカンカンだったそうですよ。 メアリは使用人で、おまけに前に結婚していたし、伯父さんより六つ年上でしたから。 
 でも、伯父さんはイングランドでの生活と財産を捨てて、伯母さんとスコットランドに来てしまいました。 なんでも学生のときから、メアリ伯母さんを想い続けていたらしいです。 頑固ですよね」
 頑固というより一途でロマンティストなんだ、とジリアンは思った。 そして、そういう人なら本当に助けてくれるだろうと、少し安心した。


 夕食を終わり、空の皿が下げられると、マークは暖炉の前にマントを広げて敷いた。 それからベッドに行って毛布を一枚取り、フクロウのように目をパチパチさせているジリアンに笑顔を向けた。
「僕はこっちに寝ます。 野営することを考えれば天国ですよ。 暖かい火があるし、風雨は当たらないし」
「あの……気遣ってくださってありがとう」
 いろんな点で逞しい青年に、ジリアンは内心圧倒されていた。









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