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手を伸ばせば その192


 マークはグラディスをちらっと見た後、にこにこしているマクラクラン牧師の腕を取って祭壇の横手に連れて行った。
 二人はそれから五分ほど話し合っていた。 ジリアンが観察していると、初めの一分で牧師の笑顔が消え、それから声を潜めて口論が続いた。
 二人の表情が和らいだのは、ようやく話の終わり頃だった。 まだ完全に納得はしていないようだが、牧師はなんとか笑顔に戻り、頷いて承知した様子だった。
 話し合いがつくと、マークは懐から何かの紙を出して、牧師に渡した。 牧師は眉を山型に寄せて、じっとその紙を見つめた後、胸のポケットにしまいこんだ。
 その後、彼はゆっくりジリアンに近づいてきて、大きな手のひらで彼女の手を包みこむと、小声で言った。
「幸せをお祈りしますよ。 道中ご無事で」


「これで法律上、我々は正式な夫婦ということになりました」
 また寒風吹きすさぶ外に出て、扉を閉めると、マークは淡々と言った。
 実際、冷静すぎるぐらいだった。 毎日式を挙げているのかと思うほどだ。 一方、ジリアンのほうは、まだ緊張で脚がかすかにふるえていた。
「もうジェラルドにつきまとわれなくてすむんですね?」
「普通ならそうですが」
 マークは思いがけない答えを返した。
「あいつのことだ、形だけで中身のない結婚だから、婚姻不成立だと言い出す恐れがあります」
 ジリアンは真っ赤になった。 まさかマークが、ベッドを共にしなければと言い出すはずはないと思うけれど……
 そんなジリアンの心の動きを察したのか、マークは片方の眉をひょうきんに吊り上げた。
「だから、しばらく隠れる必要があるんです。 奴があきらめるまで。 幸い、こっちにデントン・ブレアの分家が住んでいるので、そこへあなたを匿おうと思います。 よろしいですか?」


 よろしいですかと問われても、ジリアンにはすぐに答えることはできなかった。 判断材料が少なすぎるからだ。
 用心深い口調になって、ジリアンはためらいがちに尋ねた。
「そのデントン・ブレアさんがジェラルドに告げ口するってことは……?」
「絶対にありません」
 マークはジリアンが訊き終わるより早く、きっぱりと答えた。 よほど自信があるようだった。










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