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表紙

手を伸ばせば その191


 教会は石造りで、天井がアーチ型のヴォールトによって三つに分かれていて、古さと伝統を感じさせた。
 壁の上部を覆った壁画も中世の様式だ。 本堂はやや狭いとはいえ、内部は何十本もの蝋燭で黄金色に輝き、暖かそうに見えた。
 ただし、実際は寒かった。 風が吹き込まないだけが取り得の堂内に入り、鋲を打った大きな扉を閉じると、飾り気のない祭壇の前に立っていた男性が振り返った。
 彼は、遠来客の二人を迎える室内で唯一、若さに満ちていた。 大男だが優しい顔立ちをしていて、白い息を吐きながらショールを頭から外しているジリアンを見ると、目を糸のようにして微笑んだ。
「はるばるスコットランドまでようこそ。 わたしはイアン・マクラクラン。 牧師です」
「初めまして、牧師さま」
 ジリアンも微笑を返した。 マクラクランはまさに、地域に溶け込む聖職者にぴったりだ。 こんなに抵抗感のないマシュマロのような笑顔は、これまで見たことがなかった。 赤ん坊や犬が一目でなつき、ご婦人たちも骨抜きになってしまいそうだ。
 ジリアンの後から入ってきたマークは、前置きなしにいきなり切り出した。
「すぐ式を頼む。 海路で来たから大丈夫だとは思うが、ジェラルドもこっちには情報網があるんでね」
「わかった。 じゃ、マッケンジーさん、お願いします」
 前列の席に座っていた三人の男女のうち、髪を引っつめにした五十代ほどの女性が立ち上がり、オルガンの前に座った。
 後の二人も席を立って、牧師の前に来た。 茶色の帽子を手に持った中年男性と、頬がケシの花のように赤い娘だった。
「このトッド・ケンリーと姪のグラディス・マッケナンが証人になります。 では、式を始めることにいたしましょう」


 簡素というのもおこがましい、短い式だった。 マークとジリアンは誓いの言葉を低く述べ、結婚誓約書にサインした。
「それでは神の御名において、マーカス・ライオネル・デントン・ブレアとジリアン・ソフィア・クリフォードを夫婦となします。 幸いあらんことを」
 証人兼付添い人のトッド・ケンリーが、何の飾りもない金の指輪をサッと差し出した。 さすがに緊張した面持ちで、マークはその指輪をジリアンの薬指に嵌めた。 低温と緊張のせいで、その指はかじかみ、ほとんど指輪の感触は感じられなかった。


 式がとどこおりなく終了すると、とたんにマークはリラックスしてマクラクラン牧師に話しかけた。
「悪かったな。 急な呼び出しなのに準備万端整えてくれて」
「おまえはいつもそうじゃないか。 もう慣れたよ」
 牧師は平然と答えた。 それから、持ち前の無邪気な表情で、結婚ほやほやの二人を見比べた。
「それにしても、驚いた。 結婚なんか一生しないと言い切っていたおまえが、駆け落ちとは。
 まあ、花嫁を見て納得したがね。 星が地上に舞い降りたみたいじゃないか」
「ほんと。 この世のものとは思えないぐらい」
 赤い頬のグラディス・マッケナンが、憧れの眼差しで声を弾ませた。











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