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手を伸ばせば その188


 ジリアンは、穴が開くほどマークの目を見つめた。
「結婚誓約書ですって?」
「ええ、僕との。 ただし……」
 皆まで聞かずに、ジリアンは背筋をピンと伸ばして宣言した。
「私、あなたとは結婚できません。 助けようとしてくださる気持ちはありがたいですけど、それは無理です」
 マークの顔に、穏やかな微笑が浮かんだ。
「そうするしかない状況ですが? 冷静に考えてください。 逃げた相手に置き去りにされたら、あなたの評判は地に落ちる。 僕だって、冷血な薄情者の汚名を着せられます」
「でもデントン・ブレア少佐!」
「マークです。 他人行儀な呼び方をすると怪しまれますよ」
 当惑し、困り果てて、ジリアンは珍しく泣きそうになった。
「待ってください! 私には好きな人が……」
「そうでしょうね。 察してました」
 いとも簡単に、マークは言った。
「でもその男は、あなたを助けには来られない」
「仕方ないでしょう! 彼は仕事で大至急行かなければいけないところがあって」
「世の中はそんなものです」
 マークは動じなかった。
「だから今取れる手段を使うしかないんです」
 逆上しかけたジリアンは、頭を忙しく巡らせて、別方向から説得にかかった。
「でも、家出した私には何の取り得もありませんよ。 勘当されるに決まってるし、そうなったら身分も財産もなくなって」
 マークは苦笑して、ジリアンの冷たくなった両手を取って握り締めた。
「謙虚ですね、まったく。 今のあなたは髪が乱れて顔は真っ青だ。 そんな状態でさえ、目が離せないほど魅力的なのに」
 ジリアンは全身を強ばらせた。 親切で暖かい大きな手から自分の手を抜き取らなければいけないと頭では思ったが、できなかった。
「マーク……」
「それでも僕は意思を強く保つつもりです。 あなたは僕の形式上の妻になる。 すべてがいい方向に解決するまで」
「いい方向? 離婚するんですか? とても難しいし、あなたの経歴にも差し障りが出ませんか?」
 不意にマークの表情が引き締まった。
 謎めいた色が、鋭く美しい青い眼に浮かんだ。
「僕の経歴は心配しないで結構。 ただ、あなたの恋人は怒るでしょうね」
 当たり前だわ!、とジリアンは叫びたくてたまらなかったが、口に出さないよう全力で押さえ込んだ。
 マークはジリアンの手を右手で握ったまま左手だけを離し、まず人差し指を、それから中指を、船底にゆっくりと立てた。
「又従兄弟のジェラルド・デントン・ブレアと、もう一人のあなたの恋人と。 どちらが僕に決闘を申し込んできますかね。 もしかすると、両方かな」
 その口調には、どこか面白がっている様子があるような気がした。 でもまさかそんなはずは、と、ジリアンは小さく首を振った。








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