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手を伸ばせば その182


「そうそう、立ち話じゃ何だわ。 こっちの部屋が暖かいわよ。 今、クリスマスの袋詰めで散らかってるけど」
「ありがとう、でも急いで帰らないと見つかっちゃうから」
 ジリアンは感謝と愛情を込めて、すらりと背の高いアンを抱きしめ、急いで向きを変えて玄関に飛んでいった。




 夕方、アンの家から使いが来た。 表向きは五日後のお茶会に招待する手紙を持ってきたのだが。
 返事を今か今かと待ちこがれ、何度も階段の踊り場で様子を窺っていたジリアンは、いつの間にか通用口で封筒を受け取って、彼女に届けようとしていた執事のオズボーンと、あやうく段の途中で衝突しそうになった。
 オズボーンは常に平静だ。 バランスを崩しかけた体を巧みに姿勢よく戻して、穏やかに告げた。
「レディ・アン・トラヴァースから招待状です」
 それから、さりげなく付け加えた。
「ジリーお嬢様へのお手紙は、みな奥様へ渡すように申し付けられておりますが、さっき奥様はお出かけになられたようですので」
「ありがとう」
 二重の意味を込めて笑顔を向けると、ジリアンは封筒を抱きしめるようにして階段を駆け上がった。


 表面は、普通の招待の言葉が連ねてあった。 だが、最後のところに、あなたの仲良しさんにも受け取ってもらいましたから、ぜひ来てね、と書かれていた。
 では、伝言はマーク本人が読んだんだ。
 ジリアンはホッとして、涙がにじみそうになった。 彼なら百人力だ。 機転が利くし、実生活というものをよく知っている。 きっと戦略を立てるのもうまいだろう。




 それからディナーまでは、何も起きなかった。
 いつも通り正装して降りていった食事室には、父だけがいて、当惑した目つきで末娘を眺めた。
「お帰り。 おまえ正面切ってジュリアに逆らったそうだな」
 若い使用人のカラムに椅子を引いてもらって座りながら、ジリアンは無表情に答えた。
「結婚は一生のことです。 条件がすべて整っていても、ジェラルドとだけは祭壇の前に立ちたくないんです」
 アペリチフのグラスを持ち上げると、父は蝋燭の灯りに透かして見つめた。
「では、誰と立ちたい?」
 ジリアンは顔を強ばらせた。 光でルビー色に輝く酒から目を離さずに、父の公爵は続けた。
「モール付きの藍色の制服を着た、美しい士官とかね?」
「私は彼が何の仕事をしていても……」
「勇ましく敵と戦っていようが、事務所で帳簿づけをしようが、問題ではないと?」
「ええ!」
 ジリアンの返事には、間違えようのない誠意が篭もっていた。
「子供のときから、彼を知っています。 心がまっすぐで思いやりがあって、強い人です。 それに……」
 気持ちが溢れて、喉が詰まった。
「私を愛してくれます。 他の誰よりも」
「愛か……」
 公爵は口をつけることなく、ゆっくりグラスを下ろし、テーブルに置いた。
「わたしは若い時分、愛は育つものだと信じていた。 だから、一目で夢中になった人に申し込み、結婚したのだが」









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