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表紙

手を伸ばせば その180


「私たちは、おまえによかれと思って結婚相手を決めたのよ。 権力と財力で、世の中は動いているの。 おまえも、おまえの子孫もきっと、栄光の日々を送ることができるわ」
 そして、この縁談をまとめたお母様も、一生権勢を揮〔ふる〕えるということか。
 ジリアンは、体が冷えていくのを感じた。 デナム公爵ジェイコブは、妻より十四歳年上だ。 夫が先にあの世へ行ってしまった後も、ジュリアは今の力を持ちつづけていたいのだろう。 いや、もしかすると更に上を望んでいるのかも。
 ジリアンの予感を裏付けるように、ジュリアは目を輝かせて話を続けた。
「これでフランシスがもうちょっとしっかりして、良縁に恵まれれば、うちは百年は安泰だわ」
 ジリアンは頭を抱えたくなった。 母は、まだ大学にいる長男の将来まで、勝手に計算している。 一見お気楽だが実は芯の強いフランシスが、簡単に母の連れてきた花嫁を受け入れるとは思えなかった。
 馬車が角を曲がり、車体が傾いた。 座席の隅に押し付けられる形になりながら、ジリアンはできるだけ冷静な口調で、母に告げた。
「明後日、ジェラルドに会ったら、私は答えるわ。 結婚はできません、と、はっきりと」
「それには理由があるのでしょうね」
 ジュリアも負けずに、冷ややかな声で応じた。
「その理由がもし不意に消えたりしたら、障害はなくなるのね」
「誰かが消したりしたら」
 ジリアンは歯を食いしばって答えた。
「私は一生結婚しません。 神に誓って」


 ジュリアの表情から、ゆとりが消えた。 いらいらした様子でマフを掴むと、彼女はちらっと外を見て呟いた。
「もうじき家に着くわ。 このことは、また明日話し合いましょう」




 馬車が前庭に入り、玄関前に横付けされると、ジリアンは真っ先に飛び降りて、そのまま三階の自室に駆け上がった。
 そして、息を弾ませながらデスクにつき、走り書きで手紙をしたためた。


『親愛なるマーク
  母が私を、あなたの従兄弟のジェラルドと婚約させました。 五日前のことだそうです。
 明後日には両家が対面して、正式に決まってしまいます。 どうか助けてください! 今の私には、あなたしか頼る人がいないのです。
あなたの忠実なる友 ジリアン』



 書き終わると、すぐ封筒に入れ、念のため封蝋で閉じた。
 切手は貼らなかった。 表に、マーカス・デントン・ブレア様、と書いてバッグに入れ、外出着のまま裏の使用人用階段を駆け下りた。
 








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