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表紙

手を伸ばせば その179


 凝ったスカートの皺を直し、同時に心の動揺も整えてから、ジュリアは有無を言わせぬ口調に戻った。
「明後日、ジェラルドがうちへ見えることになっています」
「前もしょっちゅう来ていたわ」
 ジリアンはそっけなく言い返した。
「ヘレンのご機嫌を伺いにね」
「ジリアン!」
「あの人は、ヘレンには本気だったと思うわ。 でも昔から、マデレーンや私には見向きもしなかった」
「おまえたちはまだ子供だったでしょう。 だからよ」
「いいえ、違うわ。 普通の男性なら、好きな人ができれば、その家族にも気に入られようとする。 でもジェラルドは、そんな努力は一切しないの。 話題と言えば、自分と、自分の好きなことだけ。 欲しいものがあれば、子供みたいに一直線。 相手の都合なんか考えない」
「何を偉そうに!」
 ジュリアは頬を痙攣させて一喝した。
「おまえこそまだ子供じゃないの! 年上の大人を批判する資格があると思うの?」
「私は見たままの事実を言っただけよ、お母様」
 ジリアンは、母が興奮すればするほど、逆に醒めてきて、落ち着きが増した。
「あんなに徹底的に自己中心な人は、他に知らないわ。 私は彼が嫌いです。 大っ嫌いなんです。 結婚どころか、友達になるのもお断りだわ」


 ジュリアは、右手に持っていたシベリア狐のマフを、ゆっくりと横に置いた。 あまり強く握りしめていたため、指の形に毛皮の一部が凹んでいた。
 やがて、不気味なほど低い声が、ジリアンの耳を打った。
「反抗は許しません。 マデレーンが結婚したときに、おまえは約束したはずよ。 娘は親の決めたことに従うのが定めなの。
 どうしても結婚しないとダダをこねるなら、私たちは障害を取り除くことになるわ。 それがおまえの望みなの?」
 障害?
 生まれて初めての母への反抗で、ジリアンは相当神経過敏になっていた。
 だから、ささくれ立った心の奥で、もっとも恐れている可能性に思い当たった。
「まさか……」
 ジリアンの眼に怯えがひらめいたのを、ジュリアは素早く見て取った。 それで、余裕を持って座りなおした。
「おまえは誤解しているわ。 私のことを血も涙もないと思っているようだけど、私にだって十代の頃はあったのよ。
 ぴしっと制服を着た美しい軍人と踊って、憧れを抱いたこともね」
「やめて」
 ジリアンは囁いた。 どうしてもまともな声が出なかった。 パーシーだけには手を出さないで、と叫びたかったが、喉に引っかかって無理だった。









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