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表紙

手を伸ばせば その178


 さしもの大きな四輪馬車も、後部まで品物の箱まみれになって、行商人の荷車に似た姿となってきた。
 そこでようやく、ジュリアも取り付かれたように買いまくるのを止め、娘にいかめしく頷いた。
「これだけあれば、当座の用は足りるわね」
 ジリアンは内心溜息をついた。 当座の用どころか、三人分ぐらい買い込んだのではないだろうか。
 買い物包みに挟まれて腰を下ろした車内で、馬車が走り出してすぐ、母は驚くべきことを言った。
「街着やちょっとしたパーティーのためなら、今日手を入れたドレスで間に合うわ。 婚約披露宴に着ていく服は、正式な日取りが決まってから念入りに作りましょう」


 あまりにもさりげない話し方だったため、最初ジリアンは聞き間違いかと思った。
 次に、誰か他の人のことではないかと思い、少し経ってからようやく、自分自身の話だと気がついた。
 たちまちジリアンの眼が燃え立った。 声にも、滅多に出ない露骨な怒りが渦巻いた。
「婚約ですって?」
「そうよ」
 待ってましたとばかりに、ジュリアははっきりと答えた。
「おまえは、デントン・ブレア家に嫁ぐんです。 あそこは、ヘンリー二世の時代から続く名家で、巨万の富もあり、スコットランドや新大陸にまで広大な土地を持っている大地主よ。 縁を結ぶとしたら、あそこぐらいしかふさわしい家系はないわ」
「そんな話は聞いていません」
 ジリアンも、負けずに冷たく言い返した。 ジュリアは平然としていた。
「もう決めたの。 婚約承諾書も交わしたわ。 後は結婚後の条件を決めるだけ。 おまえは未成年だから、私たちがちゃんと処理します。 お前の不利にはしないわ」
「待って、お母様」
 怒りに負けず冷静に、できるだけ明瞭に、と自分に言い聞かせながら、ジリアンは母を遮った。
「ぜひ知りたいわ。 私はいつ婚約したことになっているの?」
「五日前よ」
 帰国する旅の最中だ。 わざと仕組んだ。 そうとしか思えなかった。
「私本人に一言もなく? 手紙も、使者も、何も来なかったわ」
「成年前の子供の将来は、親が決める権利があるの。 賢いおまえが知らないはずはないでしょう?」
「賢いかバカかは関係なく、私はジェラルドとは結婚しません」
 ジュリアは一瞬、息を引いた。 ヘレンには絶対言えなかった、決然とした反抗宣言だった。









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