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表紙

手を伸ばせば その177


 ひとたび馬車を降りると、二時間ぐらいの間に、車内は帽子や手袋、ショールなどの箱で一杯になった。
 たまたまサイズがほぼぴったりだったドレスまで三着加わったので、その箱はまとめて馬車の後部にくくりつけられた。


 嵐のような散財で、さすがに疲れたのだろう。 ジュリア夫人は末娘を伴って、角に位置するパーラーに入った。
 そこは、クリスマス休暇で程よく混んでいた。 毛皮やベルベットで着飾った婦人が目立つ中、ウールやフラノでつつましく身を包んだ女性もそこここにいる。 だが、寒風の中から頬を赤くして入ってきた二人の貴婦人は、店内が一斉に口をつぐんで注目するほど華やかだった。
 入り口を入ったところで、ジュリアは立ち止まった。 すると、若い店員がすっ飛んできて、御用を伺った。 どこへいっても大抵そうなる。 ジュリアの立ち居振舞いには、身分の高い者独特の自信だけではなく、持ってうまれた気品がただよっていて、店員のサービス意識を刺激するのだった。
 店員はジュリア達を奥の個室に恭しく案内した。 その途上で、ジリアンは窓近くに座っている娘達の中に知っている顔を見つけた。
「ベス!」
 子爵令嬢ベス・スタイルズだった。 スイスのお嬢様学校での親友の一人だ。 友達らしい少女二人と、付き添いと思われる中年婦人が、同じテーブルを囲んでいた。
 ベスのほうも、早くからジリアンに気づいていたらしく、体を横に傾けて手を差し伸べた。
 二人は両手を握り合い、頬にキスして挨拶しあった。
「逢いたかったわ〜。 まだ別れてから三週間ぐらいしか経ってないけど、それでも話す事が山ほど溜まってるの」
「私もよ。 昨日イギリスへ帰ってきたところなの。 あなたは?」
「私は四日前。 運よく最新鋭の蒸気船に乗れてね、その船がスピード競争に参加してて、速いったらないの」
「よかったわね、ベス。 あなた船酔いするから、早く到着して」
「ええ、そうなの! それでね、船の上で……」
「ジリアン」
 母の高圧的な声が響いて、ジリアンは我に返った。
「早くこっちへ」
「はい、お母様」
 たとえ貴族の令嬢でも、母は未成年の娘などまともに相手にしない。 わかっているから紹介しなかった。 代わりにジリアンは、膝を曲げてベスの耳元にそっと囁いた。
「明日か明後日、空いてる?」
 ベスが早口で囁き返した。
「どっちもがら空きだけど?」
「じゃ、明日の午後うちに来てくれない? お宅に伺いたいんだけど、母が一人で外出させてくれないと思うので」
「喜んで行くわ」
「ありがとう! うちはグローブナーの……」
「知ってる。 デナム公爵邸っていったら有名だもの。 たぶん兄が……」
「ジリアン!」
 母の声が厳しくなった。 しぶしぶジリアンは姿勢を戻したが、別れる前にベスの手をもう一度固く握り返すのを忘れなかった。


 パーラーで一休みしてチョコレートケーキを食べた後も、買い物は続いた。 今度は靴選びだ。 外出用のブーツから、舞踏会で使う柔らかくて優雅な上履きまで、試し履きしたり足型を新しく取って注文したり、飽き飽きする時間が延々と過ぎていった。









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