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表紙

手を伸ばせば その173


 駅を出てからも、マークは親切に、清潔そうな辻馬車を探してきてくれた。
 ジリアンとレイクが乗った後、マークは窓に寄って笑顔を見せ、もう一度励ました。
「負けないで。 結婚を命令されても、うんと言っちゃいけませんよ。 親には確かに権限があるが、父上がそれほど乗り気じゃないなら、力ずくで式場に引っ張っていかれることはないでしょう」
「はい、がんばります」
 幸せな未来のために、私だって闘う権利がある。 ジリアンは改めて、決意を固めた。


 ロンドンの超一流住宅地にあるデナム公爵邸に帰り着いたとき、空は黒い絵の具を流したように真っ暗で、星どころか雲の輪郭さえわからなかった。
 レイクが先に立って玄関前の段を上り、扉を叩くと、すぐに執事のオズボーンが自ら開いて、一家の末娘を迎えた。
「おかえりなさい、ジリアンさま」
「ただいま、セオドア。 元気そうでよかったわ」
 セオドア・オズボーン執事は咳払いした後、少ししわがれた声で答えた。
「お嬢様も」
 帰る早々、不穏な空気を感じて、ジリアンは眉を寄せた。
「お母様はおうち?」
「はい」
 いかめしく返事する声に、曇りがあった。 夜はほとんど毎日出はらっているのが普通のジュリアが、家にいる。 よい前兆ではなかった。


 ドアを閉じて、外の凍りつくような大気を閉め出しても、広い玄関ホールは相当寒かった。 外套をオズボーンに渡したとたん、ジリアンはブルッと体を震わせた。
 そのとき、右の廊下を颯爽と歩いてくる貴婦人の姿が目に入った。 母のジュリアだった。
 母は、ジリアンを見た瞬間に、なぜか足を止めた。
 ゆったりと肩にかけていた毛皮のケープがずり落ちそうになって、ようやく気を取り直し、分厚い縁を掴んで押し上げながら、瞬きひとつせずに娘の顔に焦点を当てた。
「おまえ、変わったわね」
 挨拶なしに、いきなりそう言われて、ジリアンは鼻白んだ。
「自分じゃわからないわ。 ただいま帰りました、お母様」
「おかえり」
 しぶしぶの口調で言った後も、ジュリアは鷹のような視線で末娘を観察し続けた。
「早いものね。 もうこんなに……。
 いいこと? 明日は私と買い物に行くのよ」
 相手の旅疲れなど、ジュリアの眼中にはないようだった。







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