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表紙

手を伸ばせば その172


 マークの話があまり愉快なので、汽車が九時前にパディントン駅に到着したとき、別れるのが辛くなるほどだった。
 もともと、ジリアンは家に帰りたくなかった。 パーシーには港で会えたし、姉たちはどちらも結婚して、家にはいない。 住んでいるのは、いつも忙しくてめったに逢えない父と、そして……。
「私も男の子で、海軍に入れればよかった」
 不意に口をついて出た言葉に、ジリアン自身が驚いた。


 マークは、真面目な表情でジリアンを見つめていたが、やがて誠意の篭もった声で言った。
「何か悩んでいることがあるなら、教えてください。 差し支えがなければ……って、もちろんいろいろあるだろうけど、話せる範囲で」
 ジリアンは息を吸い込んだ。 マークなら信用できる。 手紙のやりとりや、数回の出会いで、彼は話のうまいところを見せたが、身近な人の陰口や無責任なゴシップを書いたり言ったりしたことは、まったくといっていいほどなかった。
「母は私を、できるだけ身分の高い人と結婚させるつもりなんです」
 マークは小さく頷いた。
「上流社会では、たいていの親がそう考えてますね」
「でも、うちの親は強烈」
 知らず知らずのうちに、ジリアンは肩を落としていた。
「同じ男性を、ずっと標的にしています。 一番上の姉ヘレンは、その男の人から逃げ出したの」
「その最高の花婿候補とは、いったい誰ですか?」
 あれのどこが最高なの、と言いたいのをグッと押さえて、ジリアンは小声で答えた。
「ええと、あなたには嫌な思いをさせちゃうかもしれないけど」
「わかりました」
 笑いを含んだ声で、マークはずばりと指摘した。
「わが一族の、ジェラルドですね?」


 ジリアンは答えに窮した。 デントン・ブレア一族の長を敬遠するなんて、うぬぼれていると言われてもしかたがない。
 しかし、マークは別に身勝手だとも何とも感じていないようだった。
「好き嫌いは理屈じゃないですからね。 気の合わない相手と無理に結婚させられたら、一生不幸になる」
「そうですよね?」
 思わずジリアンは哀れな声になった。
 マークは視線を逸らして少し考えていた。
 それから、意を決したようにジリアンと目を合わせ、きっぱりと言った。
「追い詰められたら、僕に知らせてください。 きっと助けてあげます」







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