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表紙

手を伸ばせば その171


 列車がギルフォード付近まで来たとき、ジリアンは我慢できなくなって、さりげなく少佐に尋ねた。
「あの、最近うちの隣人が海軍に入ったんですが」
「ほう、そうですか」
 少佐は社交的に答えた。 ジリアンは喉の詰まりを晴らし、自分では淡々としているつもりの口調で続けた。
「ラムズデイルといいます。 パーシー・ラムズデイル。 名前を聞いたことは?」
「ええ、聞いたことはありますよ。 金髪の大きな若者でしょう?」
「ええ、そうです!」
 彼が知っているとわかって、ジリアンは声を弾ませた。
「軍艦のインヴァルネラブルに乗務しています」
「戦列艦ですね」
 そういう区別は、ジリアンにはよくわからなかったが、ともかくうなずいた。
「あれは頑丈ないい艦ですよ。 艦長のホープ大佐も腕利きだし」
「ということは、優秀な戦力として、戦いに出る可能性が高いんですね?」
 その言い方に、不安を感じ取ったのだろう。 デントン・ブレア少佐は、優しい笑顔をジリアンに向けた。
「今の世界情勢から言うと、ナポレオン戦争のようにイギリスが直に相手とぶつかる可能性は低いと思います。 成り行き次第でどうなるかはわかりませんが」
 それから、穏やかに付け加えた。
「ラムズデイル少尉は、どこにいても目立つ男ですね。 体が大きいだけじゃなく、彫刻のような顔をしてますから」
 彼の声に、郷愁が混じった。
「あの顔にとてもよく似た女性を知っていました。 蜂蜜色のドレスにお揃いのパラソルを持って、草原を軽やかに歩くところは、夏の精そのものという感じで」
 非常に懐かしげだったので、つられてジリアンも想像してみた。 パーシーの整った顔を女性にして、蜂蜜色のロングドレスを……。
 足を外股に広げ、肩を怒らせてドスドスと歩く女が脳裏に現れ、ジリアンはあわてて空想を打ち切った。
「想像つきません。 パーシーには女っぽいところがカケラもないので」
 マーク・デントン・ブレアは、声を立てて笑った。


 マークの話で少し安心したジリアンは、他の話題に移った。 マークは、しばらくジブラルタルを離れてセイロン(今のスリランカ)まで行っていたそうで、仕入れてきた面白いエピソードを沢山聞かせてくれた。 レイクまで耳をすませる上手な話し方で、ロンドンに至る百キロほどが飛ぶように過ぎた。







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