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表紙

手を伸ばせば その170


 去年大尉から少佐へ昇進したデントン・ブレア青年は、笑顔になって、かがんだ車掌の上から顔を覗かせた。
「やあ! こんなところでお目にかかれるとは」
「丁寧語は止めてくださいな、少佐。 もう二年も前からお友達なのに」
 帽子に手をかけて出ていく車掌を先に通してから、デントン・ブレア少佐はコンパートメントに入ってきた。
「じゃ、貴方も尉官名で呼ぶのを止めて、マークと呼んでください」
「わかりました。 私もジリーでよろしく」
 ここに座って、と、ジリアンは位置をずらして横を空けた。 前に座るレイクは、じろっと少佐を見やったが、何も言わなかった。
 少佐のほうは、気さくに話しかけた。
「こんばんは、レイク君。 僕を覚えているかな?」
「お久しぶりです、少佐。 ジブラルタルでお逢いして以来ですね」
 レイクは眉一つ動かさずに答えた。 だが、彼をよく知っているジリアンには、岩のような表情の下に、そこはかとない親しみを感じることができた。 レイクも少佐には好意を持っているようだった。


 肩章付き外套を着た少佐が腰をおろすと、狭い車室が一杯になったような存在感があった。
 ジリアンはうきうきと彼に尋ねた。
「しばらく英国にいられるんですか?」
「予定では二週間ですが、さてどうなるか。 せめてクリスマスは、久しぶりに家族と過ごしたいと思っています」
「そうですね。 ベスが楽しみにしてるでしょう」
 それ以上詳しいことは聞けなかった。 軍人には守秘義務がある。 ジリアンは話題を変えた。
「ロンドンではいろんな行事が待ってるでしょうね。 パーティーや音楽界の約束はおあり?」
「グティエレス伯爵夫人の舞踏会には呼ばれていますよ。 スペイン大使の奥方です」
「ああ、花火を上げるのが好きな方! とても華やかで楽しい催しをされるんですよね。 私もぜひ伺いたいわ」
「お母様が招待状をお持ちでしょう。 皆さんこぞってデナム公爵一族を招きたがっていますから」
「ええ。 母に訊いてみますわ」
 ジリアンは満面の笑顔になった。 改めて社交界デビューするのは気が重いが、デントン・ブレア少佐が会場にいてくれれば、頼もしいし楽しめるだろう。
 それにジリアンは、彼に海軍の話を聞きたかった。 パーシーは、彼女を心配させまいとして、愉快なことしか語ってくれない。 軍隊の本当の姿と、できればパーシーの情報も、もし少佐が知っていれば、こっそり教えてほしかった。







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