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表紙

手を伸ばせば その167


 船べりは寒かったが、若く元気で、恋に燃えているふたりには、むしろ好都合だった。
 歩き疲れると、小さな椅子に並んで座り、共にパーシーのマントにくるまって、しっかりとくっつきながら囁き合った。
「フランクがね、ヘレン達を見つけたって」
「へえ、どこにいた?」
 強い関心を示して、パーシーは座りなおした。 ジリアンは、胴に巻きついた彼の腕に自分の腕を重ね、ぽつりぽつりと語った。
「スコットランドの南のほう。 クレンショーさんのお友達の地所を管理して、暮らしているらしいわ」
「ずいぶん地味な仕事だな」
「ええ、そうね。 夏の終わりに情報が入って、フランクはすぐ会いに行ったの。 そしたら、ヘレンは髪を引っつめにして、赤ちゃんを抱いていたんですって」
「そうか。 子供が生まれたんだね」
「ええ、すっかり田舎のおかみさんになってるってフランクは言ってたわ。 でも、使用人が二人いて家事はやってくれるし、街中ほどお金はかからないから、ゆったりした顔つきになってて、幸せそうだったって」
「よかったな」
「ええ、ほっとしたわ。 私もマディも手紙を書いて、兄に持っていってもらったの。 ヘレンは長い返事をくれたわ。 私には、迷惑かけてすまなかったって書いてあった」


 数秒間、話が途切れた。 その間、二人とも考えていた。 ヘレンが逃げ出したおかげで、ジリアンが『一家の名誉』を一身に負う形になってしまったことを。
 やがてジリアンは身じろぎして、笑顔に戻った。
「フランクは、ディコン坊やにさっそく信託資金をつけたの。 ああ、生まれたのは男の子で、リチャードと名づけて、ディックとかディコンとか呼ばれてるのよ。 ヘレンにそっくりで、美男子になりそうですって。
 クレンショーさん(ヘレンの夫)は誇り高くて、直接の援助は断ってきたの。 でも、息子の将来はやはり気になるんでしょうね。
 後を継ぐ予定のレインマコット侯爵が、駆け落ちでカンカンに怒って、土地と称号は取り上げるわけにはいかないけど動産は他の親戚に譲るって言ってるらしいから」
「大変だな。 土地だけ貰っても、維持費がないんじゃ」
「おまけに侯爵はとてもお元気で、あと十年以上生きそうだし」
 そうなることは、クレンショーにだってわかっていたはずだ。 でも、彼はヘレンとの生活を選んだ。 そしてフランシスの報告だと、みじんも後悔している様子はなかったという。
 彼はもともと貧乏に慣れていたし、自由が好きだった。 それに、自分の腕で働くことができ、ヘレンに余分な苦労をさせなかった。
 いろいろ心配はさせられたけど、やっぱり姉の選択はまちがっていなかった、人となりを見る目があったんだ、と、ジリアンは思った。








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