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表紙

手を伸ばせば その160


 ジリアンは、目を丸くしてマーカス・デントン・ブレア大尉を見つめた。 あまり意表を突かれたので、口がぽかんと開いているのにも気づかなかった。
 やがて、うっすらと涙がにじみ、視野にヴェールがかかった。 姉たち以外の人に、これほど親身になってもらったのは初めてだ。 ジリアンは感動して、思わず大尉の手を掴んだ。
「ほ……本当に?」
 大尉は微笑して頷き、力強く握り返した。
「いいことをしているという自信がありますからね。 あなたが選ぶ人なら間違いはない」
 そこまで言い切ってしまって大丈夫なの? と、ジリアンは逆に心配になった。 だが大尉の信頼は心から嬉しく、胸が熱くなった。
「ではお言葉に甘えて。 ベスにはたくさん手紙を書いてもらわないと」
「喜んで書くでしょう。 毎日日記をつけているという筆まめですからね」
 そう言うと、大尉はいかにも船乗りらしくウィンクしてみせてから、そっと手を離して妹たちと合流した。


 ジリアンが船べりに寄りかかって見ていると、初めは義兄の話を聞きながらチラチラとこちらを窺〔うかが〕っていたベスが、途中で急に顔を輝かせた。 ジリアンが大尉の恋人ではないと確認して、心が一挙に軽くなったのだろう。
 とてもわかりやすい。 可愛いなぁ、と思ってしまった。


 今度の船は、ジブラルタルに半日しか停泊しない。 だから、デッキでささやかなお茶会を開いて盛大にしゃべり合う時間しか持てなかった。
 二時間後、なごりを惜しみつつ、大尉は船を下りていった。




 それからは、万事うまくいった。
 船旅は相変わらず天候に恵まれ、順調そのものだったし、ジリアンは連れとますます打ち解けて、楽しい時間を過ごした。
 彼女に相思相愛の恋人がいると知ったベスは、ときどき夜にこっそり寝室を尋ねてきて、恋愛相談をするほどになった。 ベスが密かに憧れているのは、もちろんデントン・ブレア大尉だった。
 年の近いふたりはベッドに頬杖をついて、うっとりとした眼差しで何時間も語り合った。
「母は、私が四つのときに亡くなったの。 父も十二のときに肺炎で死んで、母方のデントン・ブレア家が引き取ってくれたの。
 小さい分家でね、お金持ちじゃないのよ。 むしろ貧しいといってもいいほど。 デントン・ブレア一族はたいてい財産家なのに。
 でも、私を呼んでくれたのはマーカスとオリヴィアだけだった。 迎えに来てくれたときのマーカスの笑顔は、一生忘れないわ」
 一家は、小さい農地の賃貸料と、海軍将校としてのマーカスの給料だけで生活しているという。 オリヴィアは正式な社交界デビューができなかったし、持参金もほとんどなかったので、気立てのよさと魅力だけで立派な家柄の紳士と結婚できて、周囲は胸を撫で下ろしたそうだ。




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