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手を伸ばせば その159


 デントン・ブレア大尉は、あっという間にジリアンたちの傍に来ると、揺れる足元に困っているベスに手を差し伸べた。
「どうした? 何か悪い物でも食べたのかい?」
「いいえ、ただ急に目まいがして」
 がっしりした腕に義妹を抱えこんで支えながら、大尉はしっかりした足取りで降りた。 もちろん、ジリアンに声をかけるのも忘れなかった。
「久しぶりですね、レディ・ジリアン。 あなたがお友達と立派にやっておられるのを見て、この子もあの学院に入れたいと思ったんです。 よろしくお願いできますか?」
「喜んで」
 軽やかに答えてから、ジリアンはちょっと考えて付け加えた。
「ささやかな話題を提供するという私の役目は、これで終わりましたね。 これからはベスが、学院内のことをいろいろとお知らせするでしょうから」
 タラップを降りきったところで、大尉は足を止めた。 いつも陽気な青い眼が、真剣味を帯びて濃さを増した。
「ベス、先に行っておいで。 レディ・ジリアンと少し話があるんだ」
「はい」
 彼の腕に寄りかかっていたベスは、素直に体を離した。 だが、それまで頬を薄く染めていた愛らしい赤みがすっと引いたことに、ジリアンは気づいた。
 ベスがゆっくり姉のほうに行くのを眺めて、ジリアンは思わず言った。
「あなたと私のこと、誤解してないかしら」
「友達と言ってありますよ。 ほんとにそうでしょう?」
「ええ、でも……」
 ジリアンが声を押さえてためらうのを、大尉は暖かい視線で見つめた。
 それから、ずばりと言った。
「あくまでも推測ですが、友達以上の男性が現れたんじゃありませんか? そしてその男性は、公爵家にとって好ましくないのでは?」


 デントン・ブレア大尉の鋭さは、前から知っている。 それでもジリアンの背中は、驚きに引きつった。
「母がお宅の方々に、そんなことを仄めかしたんですか?」
 訊いてしまった後で、これでは認めたと同じだと気づき、顔がパッと赤くなった。
 大尉は、同情の感じられる口調で答えた。
「いいえ、こんなに早く学院に戻されるのは、どこか変だなと思っただけです。
 その彼と、連絡を取る手段はあるんですか?」
 ジリアンの胸がずきっと痛んだ。 実は、こんなに早くスイスに戻ることもまだ知らせていない。 ずっと見張られていて、手紙や伝言は一切できなかった。
「いいえ、まったく……」
 用意周到な母のことだ。 学院に通知して、パーシーからの手紙はシャットアウトするに違いない。 たとえ彼が旅費を工面して山の中まで尋ねてきても、ぜったい会わせてはくれないはずだ。
 悲しくてうつむきがちになったジリアンの顔を、大尉は身を斜めにして覗きこんだ。
「そうしょげないで。 あなたとお友達がベスを守ってくれるなら、ベスも喜んであなたのお役に立つでしょう」
 えっ?
 急いで上げた瞳に、デントン・ブレア大尉は微笑みかけた。
「あの子がわたし宛の手紙を書き、ついでにもう一通中に入れて送るのは、簡単なことです。
 海軍の将校は、始終ポーツマスと行き来しています。 信用できる者に託して、届けてもらいましょう。 宛名は書かず、あなたの署名は名前の頭文字だけにしてください。 それでも彼にはわかるはずですから」












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