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手を伸ばせば その158


 部屋に戻って一人になってから、ジリアンはさっきから気になっていたことを考え始めた。
 彼女の立場は、一ヶ月前とはもう違う。 パーシーと愛を誓い合った今、他の男性と手紙を交わすのは、正しいことだろうか。
 確かに、ただの友人としての付き合いだった。 オリヴィアにも言った通り、手紙の中身を読まれてもまったく構わない。 やましい秘密なんかないのだ。
 しかし、マーカス・デントン・ブレアは若くて健康な男性で、その上魅力的だ。 預かりっ子として彼と同居することになったベスが、血のつながらない『兄』に憧れを抱いていることに、先ほどジリアンは気づいていた。
 軽い気持ちで始めた文通だが、もう止めたほうがいい。 ジリアンは身の回り品を入れたトランクをごそごそと探して、便箋を取り出し、備え付けの小さな机に向かうと、デントン・ブレア大尉に最後の手紙を書き始めた。


 船は、順調にポルトガル沖を回り、予定ぴったりにジブラルタルへ入港した。
 港で迎える人々の中に、デントン・ブレア大尉を発見しても、ジリアンは驚かなかった。 妹たちが来たのだから、当然のことだ。
 いつものように軍服をすっきり着こなした大尉は、歓声を上げて真っ先にタラップを駆け下りたオリヴィアと抱き合い、妻が転ばないかとはらはらしてついてきたエドモンドと握手を交わした。
「やあ、エドモンド。 それにオリーも、久しぶり。 結婚三ヶ月で落ち着いた奥様になるかと思ったが、前よりおてんばだな」
「幸せだと元気になるのよ。 ねえ、エドモンド?」
 額ににじんだ汗を拭きながら、エドモンドは苦笑を浮かべた。
「そう言ってくれるのは嬉しいがね、マイラブ、僕は堅物でゲームが下手だし、ほんとは退屈してるんじゃないかね?」
 エドモンドは昨日盛り上がったジェスチャーで、遂に一つも当てられなかったのを気にしていた。
 オリヴィアは喜色満面で、兄と夫の腕を取り、陽気に向きを変えた。
「あなたは下手なんじゃなくて、頭が回りすぎるのよ。 だからヒントを複雑に考えてしまうの。 単純に答えればすぐ当たるわ。
 それより、ベスとジリアンはどうしたのかしら。 まだ来ないわね」
 三人が見回して探すと、ジリアンたちがタラップの途中まで降りてきているのがわかった。 まったく船酔いしなかったはずのベスが、青い顔をして足元をふらつかせている。 ジリアンは彼女を心配して、手を貸しながらゆっくり歩いていた。
 その様子を見て、マーカスは首を振った。
「おいおいオリー、妹の面倒はおまえが見るべきだろう? レディ・ジリアンに任せきりなんて」
 驚いて、オリヴィアはとぼとぼと降りるベスを見つめた。
「え? だってさっきまでピンピンしてたのよ。 なんであんなによろめいてるのかしら」
 だが、もうそのとき大尉は急いで二人のほうへ向かっていて、妹の言葉に耳を貸さなかった。












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