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表紙

手を伸ばせば その155


 否〔いや〕も応もなかった。 娘の事に関しては、ジュリアは絶対権力者といってよく、夫のジェイコブの言葉さえ助言ぐらいにしか耳に入れないのだ。
 ただちに荷造りが始まった。 初めジュリアは、またマックス・レイクを付き添いにするつもりだったが、自分の秘書をこき使われては仕事に差し支えるとジェイコブが文句を言ったので、しかたなく新しい同行者を探すことにした。


 次に付き添い候補に上ったのは、暇を持て余しているホノリア・ラモント男爵未亡人だった。 アボッツ村の本宅に居ついてしまっている親戚の伯母さんだ。
 それまで文句を言わず我慢していたジリアンだが、さすがにホノリアと聞いて忍耐の緒が切れた。
「冗談じゃないわ! 退屈な上に愚痴と噂話しか言わない伯母さんと、一ヶ月以上二人きりで旅するなんて! ああ、私もヘレンみたいに家出しようかしら」
 薔薇園のベンチで、妹と話し合っていたフランシスは、茶色のハンティング帽を脱いで指で回しながら、あっさりと言った。
「なんとかしてやってもいいよ」
「ほんと?」
 怒りのあまりドシドシと歩き散らすのを止めて、ジリアンは兄に飛びついた。
「ほんとにもっと素敵な人を見つけてくれる?」
「素敵かどうかわからないが」
 フランシスはわざと気取って、帽子を念入りに頭に載せた。
「知り合いの奥方が、妹さんを留学させたがっててね。 だからミシェル・グレゴワールを推薦したら、行くと決めたらしい。 明るくていい人だから、おまえの一人ぐらい余裕で連れてってくれるよ」
「誰?」
 兄の横にちょこんと座って、ジリアンは答えを催促した。
「エドモンド・クレッテナムの奥さんだ。 マースデン子爵夫人さ」
 ジリアンは思い出そうとした。 マースデン子爵の夫人……たしか茶色の縮れっ毛の、笑顔がかわいい人じゃなかったかしら。
「えーと、リディアさん?」
「オリヴィアだ」
 フランシスが訂正した。
「長旅だから、亭主の子爵も一緒に行くらしい。 二人とも若くて、たしかエドモンドが二十五でオリヴィアは十九だから、きっと話が合うよ」
「その人たちのほうが断然いい!」
 ジリアンは声を弾ませた。


 フランシスの提案を聞いて、ジュリアは顔をしかめ、ホノリアは泣き出した。 だが、母の威厳と伯母の泣き落としでも、ジリアンを説き伏せることはできなかった。
「ほんとは学校に戻りたくないんです。 まだ夏休み中で、学生は数えるほどしかいないんですもの。 授業もないし、退屈きわまりないわ。
 だから、無理に帰すと言うのなら、せめて道中を賑やかに楽しく過ごさせてください。 伯母様はお金持ちなんだから、旅のコンパニオンを雇って大名旅行できるじゃないですか。 そっちのほうが私と行くよりずっと面白いと思います」
「子爵夫人はよく知らないわ」
 ジュリアはにべもなく言った。
「評判は悪くないようだけど、みっともないほどご主人に夢中だという噂を聞いたわ」
「エドモンドは学者肌で、立派な男ですから」
 フランシスが助け船を出してくれた。
「二人ともジリアンの面倒をよく見てくれますよ。 同じ学校に入るベスという子もいるし、話し相手にぴったりでしょう」
「あなたがそこまで言うなら、まあいいでしょう」
 ジリアンさえ学校に戻せば、それでいい。 ジュリアは譲歩の姿勢を見せて、旅行を楽しみにしていたらしいホノリアをまた泣かせてしまった。













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