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手を伸ばせば その153


 馬車止めでは、すでにさっき乗ってきたラムズデイル家の馬車が準備万端整えて、出発を待っていた。
 送りに出てきたマデレーンは、きちんと畳んで封印を押した手紙をジリアンの手に押しこんだ。
「お母様宛てよ。 あなたが叱られないように、ずっとここに居たことを詳しく書いておいたわ」
「ありがとう。 また寄せてもらうわね」
「いつでも歓迎よ。 次は買い物に付き合ってちょうだい」
 別れのキスをしてから、マデレーンは冗談めかして楽しげに囁いた。
「ハーバートは気前がいいの。 お小遣いを一杯くれるから、あなたにもいろいろ買ってあげたくて」
「私はいいのよ。 ドレスなら嫌というほどお母様が仕立ててくれるし、他に欲しいものもないし。 本以外には」
「そうだ、本も取り寄せてあげられるわよ。 過激だといわれている『ジェイン・エア』だって。 もう私、大人なんだもの」
 ゴシック・ロマンスの系譜とみなされているその作品は、不倫の匂いがするということで、未婚の娘には読ませられないとされていた。
 若奥様ぶるマデレーンを、ジリアンはちょっとからかいたくなったが、我慢して手を握り合って別れた。 馬車の助手席には既にパーシーが座っていて、わざとジリアンを見ずに、目を細めて黒雲のかかりかけた東の空を眺めていた。
「もう半時間もしたら雨が降ってきそうだ。 早く出よう」
 コリンとリュシアンが、はあはあ言いながら転がるように玄関から飛び出てきた。 ハーバートから貰ったらしいゲーム盤を抱えている。 馬車の扉近くに立っていたエンディコットが、二人を急き立てて乗せた。 それからジリアンの手を取り、丁寧に中へ誘導した。


 空はみるみる暗さを増し、冷たい風が出てきて、御者とパーシーのコートを揺らした。馬車がデナム公爵邸に到着する寸前、前触れなく巨大な雷音が炸裂し、リュシアンがワッと叫んで両耳をふさいだ。
 コリンは平気で、窓から顔を突き出して空を見上げた。
「すげー雷! 今、真昼みたいに光ったよね」
「頭を引っ込めなさい。 横の立ち木で首をはねられるぞ」
 エンディコットが厳しく言うと、コリンは一応おとなしく席に座りなおした。 ジリアンの隣に座れたのが嬉しくてしかたないのだ。
「着いちゃったね。 もうお別れなんて寂しいなぁ。 ねえジリー、じきにアボッツ村に帰ってくる?」
「帰りたいわ。 たとえ一人ででも」
 ジリアンは、心からそう言った。












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